9-13
カインの言葉に誰しもがそれまで夢中になっていた巨大な挟みから足元へと視線を移した。
極短い範囲でしか移動せず、浜辺から先へは近づこうとはしないザラタンは確かに横向きにしか移動できていない。
「背中の甲羅のせいだ。正面から動けば重みで後ろへとひっくり返ってしまう」
バルサックは補足して伝える。
「それにお前、弓で身体を狙っても意味がない。狙うならあの目だ」
リッツのことをさしているのだろう、バルサックは弓を渡すよう手で合図した。
指摘されて納得のいかない顔をしながらリッツはしぶしぶ渡すと、一矢つがえてみせる。
弓弦を力の限り引くと、弓本体が悲鳴をあげながら軋み始め、危うく折れてしまうのではないかというぐらい危険な角度となった。
壊れて巻き添えをくらわまいと周りのものは離れるがバルサックは気に留めることなく、ザラタンの目柱を狙うと息をとめて放った。
孤を描かずして風を切り裂いて進むような弾道をカインは目で追った。
狙った弓は確かに狙い通りかと思われたが、寸前のところで足の関節を曲げて姿勢を低くとられてしまい避けられてしまった。
バルサックは舌打ちをしてみせたものの想像以上の腕前にスネアが感嘆の声をあげた。
「今の要領で狙い続けろ。お前の腕前など最初から期待はしていないが、少しでも気を逸らすことぐらいはできる」
そう言って、借りていた弓をリッツに手渡した。
そして本来の自分の得物である剣を抜いた。
「リッツさん」
不憫に感じたカインが声をかけようとしたが、リッツは首を振る。
「言うなカイン。あの人は別格だ」
見せつけられた実力の差にリッツは少し気を落としていたが、弓師としての矜持までは失わず、言われた言葉に応えるべく腰に携えた弓筒から一本とりだし、それをつがえた。
弓を先程よりも強く引き、標的を狙う姿にまだ何もしていないカインを奮い立たせた。
「お前も弓を使うか?」
「いえ。僕は弓は使えないので」
この戦いに自分の出番など最初からなかったのかもしれない。




