9-10
「ザラタン」
スネアまでもバルサックの真似をするように呟いた。
「やつは蟹のように硬く刺々しい甲殻を持ち、背には刃物一つ通さぬ硬い甲羅を持つ化け物だ」
海にも蟹や亀がいるのかと呑気なことをカインは考えているが、集まった者たちの面持ちは深刻なものであった。その名を知る者たちなのだろう、リッツでさえ顔色が悪いようにみえる。
「でもそれは……神話や創作の話ではないのか?」
冒険者でおそらくはパーティーのリーダーを務める中年男性が怪訝そうな顔で尋ねる。
「あまりにも目撃例が少なく、戦ったものは私が知る限りはいない。そうした、機会の無さが時として神話へと祭り上げる。しかし、多くの偵察情報を集めて検討した結果、ほぼ間違いないと思える」
「ほぼ間違いないってことは見間違いもあるってことだよな」
「ああ、私たちも完璧ではないからな」
安心させるためかギルド長は否定はしなかった。ただ恐怖は拭いきれておらず、会議室の雰囲気は重たいままであった。
小休憩を入れた後、ギルド長が街全体の地図を広げて状況の整理を始めた。
港の一部にはギルドと密接に関わる町の組合からなる組織があり、彼らの働きで町人の避難はほぼ終わっているとのこと。
船は沖合へと退避を始め、間に合わぬものはこの際仕方がない。
港の浜辺で迎え撃ち、町への被害は最小限を目指す。
冒険者とギルド、人数の多いテティス商会は左右に別れて行動をし、互いに援護を行いながらザラタンに対抗することも加えられた。
領主との連絡は一切ないが、私兵を展開しているだろうとスネアは確信していた。
そして、人影がなくなった町に昼の鐘が鳴る頃となった。
各々武器の手入れをしたり、戦闘の手筈を再確認したりなどザラタンの名が出た時とは代わり、張り詰めた空気が広がっている。
カインはリッツにザラタンのことを聞きながら、得物の刃を確認していると、いきなりの事であった。
水が激しくぶつかりあう音が港から少し離れたギルドまで到達し、ついで外が騒がしくなる。
「きたぞ!」
ギルド長が我先にとドアを蹴破り、二階から階段も使わずに飛び降りると風のように支部を出ていった。あとを追うようにレーベも飛び降り、毛を揺らしながら走り去っていく。
遅れまいと階段を転がるように降り、港へと向かって一団は走り出した。
走るのがやや遅いカインは次第に順位を落としていき、大きな腹を揺らして息をきらすスネアと並走する形でみなの背を追う。
「ザラタンだ!」
港へと続く下り坂を曲がった先にレーベの大声が聞こえてきた。
それに混じり、激しい金属が何かにぶつかる音が乱雑に聞こえてくる。
カインは急げと心の中で自分の足にいいきかせた。




