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隣のリッツも固唾を飲んで見守る。
力強いバルサックの引きに為す術がなく引きずられる形で足を躓かせそうになるセレナ。
大声で助けでも呼ばれたら少々厄介であるが、セレナは何も言わず腕を引かれるがままに大人しくついていく。
相手方の一方的なやり方に口出しをしないのは不自然であるが、あのバルサックの態度にスネアは何と言うのだろうか、とカインはおそるおそるゆっくりとなって見た。
しかし、意外なことにセレナは抵抗することはなかった。
二人はすんなりと人混みの中へと消え、もう見えなくなった。
「なるほど。バルサックか」
スネアは怪訝な顔で頷いた。
カインはリッツと共に支部へと駆け足で戻った。
従業員、護衛の者たちが慌ただしく行き交いながら、各々ができる仕事を取り掛かる。
待機してあった幌馬車を支部の前の通りに待機させ、いざという時のために商品、備品をこれでもかと積み込む。
その周囲には火事場泥棒に備えて護衛が数人立ち、目をひからせる。
カインは割り当てられていた部屋に戻り、私物を適当な袋に詰め込んだ。
それが終わると部屋をあとにし、召使いと出くわした。
「旦那様がおよびです。ご案内します」
長いスカートをつまみ上げ、小走りとなってカインを誘導する。
遅れまいと袋を肩に下げ、追い抜く気持ちで走った。
廊下で数人とぶつかりそうになりながらも躱しながら進み、突き当りの大きな扉の前までやってきた。
「カインです」
扉を叩く。自ら開き始めたかと思うと、スネアが開けてくれていた。
「入りなさい」
手招きして中へと入ると、大勢の護衛達の視線がカインに集中した。
目つきの悪い者ばかりで人相だけではごろつきではないかという者が多い。
その中には当然バルサックもおり、相手がカインだと分かるとすぐにスネアの方へと向き直った。
「みな知っての通り、この街に危機が迫っておる」
みなが固唾を飲んだ。
「テティス商会のあくまで支部であるが、この街の領主には今まで非常にお世話になってきた。そこでワシとしては出来る限りのことはしたいと考えておる」
「どうなさるのですか」
バルサックが緊張を解く一言を放った。
スネアはしばし黙り俯いた。様々な思惑が渦巻いているのだろう。
そうしてゆっくりと顔をあげる。
「ギルドの要請で少しでも手が欲しいという。ワシらテティス商会はその要請に応えようと思う」
ざわつきが増した。
自分たちはあくまで商会が雇う私兵や傭兵の類であって、冒険者ではない。
要請に従う強制力はなく、この街に恩義を感じているものはスネア以外あまりいないだろう。
金によって結ばれた関係を当然としていた者たちにとって、スネアの発言は納得のいくものではなかった。




