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切り分かれたクジラは瞬く間に細かくされていった。
解体作業が進むなかで商いをする者らが、市に流れる前に唾でもつけようかとこぞってクジラを取り囲む。
手には銀貨や金貨の入った小袋を握りしめ、卑しくわざと音が大きく鳴るように大胆に振ってみせる者もいる。
長いひげから口から垂れた大きな舌まで余すことなく樽や布にくるまれていく。
良い部材はみな知っており、集るハエの如くに移動しながら状態を確認し、納得がいけば居座る形で解体作業ぐ完全に終わるまで動かない意志を示す。
「捨てる所は無いんですね」
カインが感心した声をあげた。
「全部が素材に使える。頭から採れる油はランプや松脂の代わりになるし、ヒゲは弾力があるってことで装飾の要の部分に使われたりする」
リッツの説明を受けながら、カインは一時も目を離さずに自分たちより強大な存在が小さくなっていく様を眺め続けた。
「ここにいたか」
スネアの声に二人は振り向いた。
隣にはハンカチで鼻を抑え、険しい表情で苛立つ娘のセレンが立っていた。
一瞬、カインと目が合うがすぐに視線を外した。
「旦那様」
スネアが話しだそうとした時、急ぎ足で召使いがやってきた。
「どうした」
息が落ち着くまで胸に手をあてている。
初めて見た慌てようにカインは嫌な予感がした。
「水平線の向こうに巨大な影が海の中を進んでいる、という知らせが街の警備の者から入ってきました」
「ふむ」
スネアは見えているはずもない海の化け物を睨み付けるようにした。
「ワシら以外にはこの事は?」
「大手商会には伝わっているかと」
「分かった。買い付けは後回しだ。セレン、お前はリッツとカインと共に支部へ戻りなさい」
「嫌よ」
即座に拒絶される。
「危機が迫っている。言うことを聞きなさい」




