【コミカライズ化】婚約破棄された悪役令嬢はヤケ酒に逃げる。
「スカーレット! オマエとの婚約を破棄させてもらう!」
王城の中にある広いパーティー会場。
豪華なシャンデリアが吊り下げられ、テーブルの上にはご馳走が並べられている。
同年代の多くの貴族達が集まっているこの場で一人の男が私にそう告げた。
赤髪碧眼の凛々しい顔つきの男の名前はマーベラス・キュラソー。キュラソー公爵家の三男坊で私の婚約者だ。
そんな男が私を冷たい目で睨んでいる。彼の傍らには茶髪の女が腕に絡みつくようにして立っている。
「このシェリー男爵令嬢はオマエからいじめられていたそうじゃないか。自分の立場も弁えない横暴な振る舞いを許してはおけない。今すぐここから立ち去れ! そして二度とオレにその醜い姿を見せるな!」
あぁ、今日は特別な一日になると思っていたのに。
どうしてこうなってしまったのか。
私はこれまでの自分の過去を振り返る。
◆
私ことスカーレット・セラーは伯爵家の令嬢だ。
上には兄夫婦がいて家督はそちらが継ぐことになっている。
貴族の娘というのは政略結婚のための道具であり、私も例外ではなかった。
まだ私が幼い頃に親戚筋の紹介で決まった婚約者は公爵家の三男坊だった。
公爵家は王家の分家であり、もしもの場合は王位継承もありえる偉い家だ。
そこそこな家柄の娘と婚約するなんてと思ったが、あちら側も家督を継がないようなので丁度いいと言われた。
家督は長男、何かあれば次男が補佐するので三男というのは貧乏くじらしい。
それでも流石は公爵家。私の婚約者であるマーベラスは同い年の次期国王であるジン王子の側近となった。
王子の近衛騎士としてマーベラスは育てられ、私はその都合で王子とも会う機会が増えた。
冷静で真面目な性格の王子と感情的で熱くなりやすいマーベラスの二人は見ていてヒヤヒヤすることも多かったが、それでもなんとかやってこれた。
「スカーレットは落ち着いていて一歩引いた振る舞いをしているな」
「あぁ。オレとしてはつまらない女だが、親が決めたんだ。大人しく従うさ」
そんな二人の会話を偶然聞いてカチンときたこともあったが、未来の騎士団長の妻として恥をかかないようにお淑やかな良妻になるべく我慢して来た。
外では大人しい令嬢の仮面を被りながらたまに現役騎士の叔父に胸を借りながらストレスを発散したりして過ごしていた。
貴族の子供達が通う学校に通うようになってからは人付き合いに苦労することもあった。
中でも困ったのがマーベラスの女癖の悪さだった。
学校では同級生達と一緒に手当たり次第に美しい女の子達に声をかけては食事に誘っていた。
流石にこれはまずいと注意をしたのだが、
「ふん。オレがモテるから嫉妬でもしているのか? だが生憎とこれは将来のための行動なんだ。オマエにどうこう言われる筋合いはない」
将来のため。そう言って仲間と笑い合うマーベラス。
騎士団が男所帯でそういう人付き合いの仕方もあるというのは理解している。
ただ、それをするのは婚約者のいない者や下っ端の者であって決して王子の側近で騎士団長を目指す人間のやることではない。
むしろ暴走しそうになる部下を諫めるのが役目なはずだ。
側近の悪評はそのまま主人の評価に繋がる。このままではジン王子に迷惑をかけてしまうのにマーベラスは全く言うことを聞いてくれなかった。
なので仕方なく私は学校に通う令嬢達に事情を話してマーベラス達の暴走に悪ノリしないようにと釘を刺して回った。
時には身分が上の令嬢に頭を下げにいったものだ。
大半の娘達は苦笑いしながら私の肩を叩いて応援してくれた。
中にはマーベラスと一緒に女遊びをする婚約者がいる娘もいて慰め合ったりもした。
男共は学生時代の、それも一時的な遊びだと気楽にしていたが裏では女同士の交渉が行われていたのだ。
そんなことをしていれば当然私とマーベラスの距離も前以上に離れて行った。
婚約者同士でありながら言葉を交わすことも減り、なんとなくお互いを避けるようになった。
それでも私がマーベラス達のために動き回ったのはジン王子に迷惑をかけないため、兄夫婦を面倒事に巻き込まないためだ。
甥っ子が産まれて家督を継いだばかりの優しい兄と私の女の師匠である義姉がいなかったらここまで我慢出来なかった。
学校に通い始めて三年が経った。
この国では学校を卒業すると同時に成人として迎え入れられる。
そうなってしまえばマーベラスはジン王子の近衛騎士としてこれまで以上に厳しい鍛練を積んで職務に励まなければならない。
これでやっとあの婚約者も大人になってくれるだろうと私は思った。
「あらスカーレットちゃん。なんだか嬉しそうね」
「えぇ、義姉さん。やっと私の苦労も報われる時が来るんだなって」
「妹が急に奇行に走った時は驚いたがそれももうすぐ終わりか」
「あら兄さん? 叔父さんと一緒に私と汗を流したいんですか?」
「それは素敵なお誘いねアナタ。最近お腹周りがだらしなくなっていたものね」
「か、勘弁してくれ!!」
こうやって兄夫婦と一緒に暮らしていられるのもあと僅か。
学校の卒業と同時に私はキュラソー公爵家に嫁入りしてマーベラスと夫婦になる。
「そうだ。スカーレットに成人祝いを渡さないとな」
兄夫婦がそう言って用意してくれたのは一本のボトルだった。
ラベルに書いてあるのは私が生まれた年の数字だ。
「我が伯爵家では子供が生まれた時に酒を買って成人まで保存するんだ。そうして大人になった時に自分の生きた年数の味を楽しむという風習がある」
「兄さんの結婚式で開けたボトルも?」
「そうだ。……まぁ、俺の時はハズレだったから癖が強かったがいい思い出さ。だがスカーレットの生まれ年は一番良い物だとも言われている。とびっきり美味しい酒が飲めるぞ!」
「これをマーベラス様と一緒に飲みなさい。そして二人の今後についてしっかり話し合うのよ。お酒が入った状態ならお互いの本音も言い合えるでしょうし」
二人の優しさに涙腺が緩む。
多分、私とマーベラスはこの二人のようにはなれないだろう。
けれども少しでも近づけるように努力はしよう。
あんな男でも騎士として自分より弱い立場の人間には優しいところだってあるのだ。
「うん。私頑張ってみるわ!」
◆
───なんて思っていたんだっけ。
「はぁ……」
とてもではないが会場にいられる雰囲気ではなかったので私は逃げるように割り当てられた客室へとやって来た。
本当ならば今日のパーティーで私とマーベラスの正式な結婚について発表をする予定だった。
いつ頃に式を挙げるかの打ち合わせだって明日には始まるはずだったのに。
「いや、だからこそか」
客室のベッドで横になって考える。
あれだけ大勢の前での婚約破棄。
これから私は華々しい成人祝いのパーティー会場でフラれた惨めな女として嘲笑の対象になるだろう。
「ふふふっ。何のために必死に我慢してきたのかしら」
あの場で否定することを考えなかったわけじゃない。
でもきっと、それをせずに逃げてきたのは心のどこかで限界を感じていたからだ。
悲しい……そして悔しい。
流れ落ちる雫がシーツを濡らしていく。
「……兄さん達に謝らなきゃ」
ふと顔を上げるとベッドの傍にあるテーブルには成人祝いとして渡されたボトルが置いてある。
本来ならばパーティーの後にマーベラスと二人で飲み交わすつもりだったが、もう叶わない。
「勿体ないから一人で飲んじゃおう」
ヤケになった私はボトルを開けると、それをグラスに注がずに一気に流し込んだ。
「あー、美味い……ひっく……」
◆
スカーレットがいなくなった会場。
そこでは成人を迎えた貴族の子供達が談笑していた。
彼らの話題になっているのは先程の婚約破棄騒ぎの中心であるマーベラスとスカーレットについてだ。
「スカーレットのあの顔。最高だったな」
「そうですな。毎度のように我々に注意をしてきて。女は黙っておけと思ってましたよ」
「流石はマーベラス様。俺らも面白いものが見られてスカッとしましたよ!」
会場の中心でバカ騒ぎしているのはマーベラスとその一派。
スカーレットと懇意にしていた貴族達は離れた場所からそれを冷たい目で見ていた。
「シェリー感動しました。マーベラス様があんなにもわたしを庇ってくれるなんて」
「キミのような美しいお嬢さんを守るのも騎士の務めさ。これからはオレはキミの専属騎士だ」
茶髪の男爵令嬢シェリーが体を密着させると、マーベラスはだらしなく鼻の下を伸ばしながらそれを抱き締める。
「あの女も最低な奴だ。田舎出身だからとこんなかわいい娘をいじめるなんて」
「国境に近い貧しい領地の出身なんだってね。かわいそうに……。今度うちのパパに資金援助してもらえないか頼んでみよう」
マーベラスの取り巻きである男達はシェリーの苦労話を聞いてその過去に同情していた。
その様子見てニヤリと笑ったシェリーはマーベラスに耳打ちをする。
「ところでマーベラス様。ジン王子にはいつ紹介していただけますの?」
「そうだったな。えっと王子は……」
ここは王城であり、場所を提供してくれたのはジン王子であったがその姿は会場には無かった。
「マーベラス様。王子が来られましたよ」
「おぉ、丁度よかった。ジン! こっちだ!」
シャンデリアの灯りでキラキラと輝く金髪に宝石のサファイアのような青い瞳をしたクールな青年の登場に会場が盛り上がる。
「執務の関係で遅くなった」
「お疲れ様だなジン」
ジン王子を招くマーベラス。
近くにいた令嬢達は王子の姿を見て黄色い声を出している。
「随分と盛り上がっているな」
「オマエにも見せてやりたかったよ。最高に盛り上がるショーがあったんだ」
「ほぅ」
上機嫌に語るマーベラスに普段通りの冷めた視線を送る王子だが、鈍感な側近はそれに気づかなかった。
「それは君の隣にスカーレットがいないのと関係しているのか?」
「あぁ。オレはあの女との婚約を破棄した。ついさっきこの場でな」
マーベラスはグラスに入った酒を飲み干すと会場内にいた使用人におかわりを要求する。
「傑作だったぞ。あのスカーレットが悔しそうに半泣きで出ていったからな。もうあいつは社交界にまともに顔を出せないだろう。いい気味だ」
「なるほど。それでこの雰囲気か」
ジン王子は会場内をぐるりと見渡す。
かつてスカーレットと仲良くしていた者達が隅の方に固まっているのが見えた。
「ジン。これからオレはこのシェリーと共に生きていく。彼女こそがオレにとっての真の愛を捧ぐに相応しい」
「マーベラス様ったら」
シェリーの腰に手を回して抱き寄せるマーベラスとまんざらでもない様子のシェリー。
仲睦まじい姿に周囲の取り巻き達は笑みを浮かべる。
「見ない顔だな」
「ご挨拶するのは初めてですねジン王子。わたしはシェリー・クラン。男爵家の一人娘です」
「……あの辺境のか」
「ご存知だったのですね!」
王族の、それも次期国王である王子に自分を知ってもらえていて喜ぶシェリー。
マーベラスとはまた違うタイプの美男子に心をときめかせた彼女は近くにいた使用人から空のグラスと酒の入ったボトルを受け取り、中身を注いで王子に差し出した。
「ささっ。せっかくのパーティーですもの。ジン王子もどうぞ」
「今日は朝まで飲もうぜジン!」
マーベラス達のテンションが今日一番になろうとしていたその時、会場の入り口が騒がしくなった。
王子が登場した時のような歓声ではなく、どちらかというと困惑したような声が聞こえた。
「なにごとだ!」
「……ひっく……」
自然と人混みが割れた。
全員の視線の先には手に酒の入っていたボトルを握りしめた赤いドレスの女だった。
「スカーレット!?」
「なによぉ……わらしにらんかひょう?」
明らかに呂律が回っていない口と上気した顔におぼつかない足元。
誰がどう見ても酔っ払いと判断する状態だった。
「オマエ! どの面を下げてこの場に戻った!」
「この顔でーふ。みてみて! スカーレットちゃんかわいいーでひょ?」
自分の顔に指を当てて満面の笑みを浮かべるスカーレットの姿にマーベラスは激怒した。
「ふざけるな! 二度とオレにその醜い姿を見せるなと言ったはずだ!」
「そんなの知りませーん。わらしは王子に招待されたんれふ。貴方にはそんな権利ありませ〜ん」
「この女!」
スカーレットのふざけた態度に苛立ったマーベラスはずんずんと彼女に近づく。
一触即発の状態に酔いの回っていない者達は距離を取る。
「力尽くで追い出してやる!」
「やんのかー? 女好きのバカ息子如きがわらしに敵うの?」
「キサマァアアアアアアアッ!!」
ボトルを持ったまま中指を立てるスカーレットと怒号を上げながら掴みかかりにいくマーベラス。
会場にいる貴族から悲鳴が上がる。
誰しもがこの後の展開を予想していた。
「ふんっ!」
「あがっ!?」
先に声を出したのはスカーレット。
情けない悲鳴を上げたのはマーベラスだった。
「「「ええええええっ!?」」」
全員の口から驚きの声が出た。
それもそのはず。何故なら掴みかかりにいったマーベラスがスカーレットによって綺麗に投げ飛ばされたからだ。
「おのれ……」
投げ飛ばされてろくに受身を取れなかったマーベラスは腰を押さえながら立ち上がる。
「まらやんの?」
「今のは偶然だ!」
新しく近くにあったボトルを掴んでぐびぐび飲むスカーレットに対してマーベラスは拳を握った。
騎士見習いとして体術の鍛練をしている拳が酒に酔う女に襲いかかる。
「あちょー!!」
「ガハッ!?」
だがしかし、マーベラスの拳は空を裂いてしまい、その隙にスカーレットは持っていたガラスのボトルでその背中を叩いた。
ただでさえ痛む背中を硬いボトルで叩かれたマーベラスは足をガタガタと震わせる。
「こんなふざけた奴に……オレが!」
相手はフラフラとしている酔っ払い。
なのにマーベラスが何度殴りかかろうとも拳は当たらずにカウンターが返ってくる。
「まさかアレは酔拳か?」
「ご存知なのですか王子!?」
ジン王子の呟きに側近の一人が反応する。
「スカーレットの実家は代々優秀な軍人を輩出している。その初代は昔有名な武術家で酔拳の使い手だと聞いたことがある」
「そ、そんな歴史が!?」
真面目に解説をするジン王子に驚く側近達。
そういえば! と会場の誰かが声を出す。
「スカーレットさんはたまに騎士団の詰所に顔を出していたような……」
「ねぇ。スカーレットちゃんの叔父様って確か武術大会の優勝者じゃ……」
彼女を知る者達が次々と情報を口にする。
それらは一つ一つは特に大したことでは無かった。
ただ日頃のストレスの捌け口として彼女が叔父の元でトレーニングをしていたり、将来の夫の仕事仲間に顔を売っておこうと騎士団に出向いたら暴漢対策の護身術を教えてもらったことが重なったことで現状のスカーレットが誕生してしまった。
初代当主の話もスカーレットは知らない。
ただ身内は酒を飲むとペラペラ喋り出したり急にプロ顔負けな動きで踊り出すというのは見てきた。それだけだ。
「今まれわらしがどんな思いで頑張ってきたと思っれんのよ〜!」
「ぶっ!? がっ!? あべしっ!?」
一撃も当たらない。それどころか動きを完全に見切られてしまい手も足も出ないマーベラス。
「オマエら! 見てないで助けろ!!」
「「「はいっ!」」」
かつての婚約者にボロボロにされる彼はとうとう取り巻き達を呼んだ。
いくら酔拳を使える酔っ払いとはいえ相手は女一人。今度こそ絶体絶命だ。
「ほい!」
「ぐわぁー!」
「それ!」
「ママっ〜!」
「このこのこのっ!」
「ひでぶっ!?」
全く歯が立たなかった。
酔っ払い特有の千鳥足に翻弄され、力尽くで攻めようとも逆に利用されて投げられる。
テーブルの上のフォークやナイフによる投擲で地面に縫い付けられた者もいた。
「うぃ〜……ぐびっ……」
まだ飲むの!? と誰もが思ったが、口に出してしまうとこちらに来る可能性があるので噤む。
「お酒〜酒はどこよ〜」
ゆらりゆらりと男達を倒したスカーレットはシェリーとジン王子の元へ近づく。
「あんた! その酒渡しなさい!」
「スカーレット。落ち着くんだ」
最早人の判別もつかない様子でスカーレットはジン王子の手からグラスを奪い取った。
「うーん。いいお酒の…………ん?」
しかしスカーレットはその酒を飲まずにグラスごと地面に叩きつけた。
「ちょっと! このお酒腐ってるんじゃないの! 変な匂いがするわよ!」
「変な匂いだと?」
「そうよ! なんか薬品臭いというか……毒でも入ってるんじゃないの! そこの女!!」
怒りながらスカーレットはボトルを握っていたシェリーの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「この泥棒女! わらひの酒に毒を盛ったわね!」
「知らないですぅ! ただ用意したお酒を王子に飲ませなさいってパパが! ……あっ、」
屈強な男達を軽々と倒した得体のしれない酔っ払いが声を荒らげながら迫って来て、万力のような力で逃げられずに脅された男爵家の令嬢は半泣きになりながらとんでもないことを口にした。
慌てて口を塞ぐが、ばっちりとジン王子の耳には聞こえていた。
「ほぅ。詳しく聞かせてもらおうか」
「ち、違っ……わたしは命令されて……」
絶対零度の冷酷な目がシェリーを貫く。
あまりの恐怖に男爵令嬢は腰を抜かしながら口から泡を吹き出した。
「バレては仕方ない。王子! その命頂戴する!」
そんな時、観衆の中に紛れていた使用人の男が胸元から短剣を取り出してジン王子に襲いかかる。
彼こそはシェリーに毒入りのボトルを手渡した暗殺の協力者であり刺客だった。
「キェァアアアアアアアア!!!」
「くっ」
間抜けな男爵令嬢とは違ってプロの刺客。
素早い動きにジン王子は反応できない。本来ならば近衛騎士見習いの側近達が身を挺して守るのだが、全員が床に転がっている。
「ねぇ! わたひのお酒ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ただ一人反応したのは未だに次の酒を求める酒乱だけだった。
「おかわり持ってこ〜い!」
「ぐわああああっ!?」
酔っ払いが一瞬で刺客の袖を掴む。
ガッシャーン! という音が響いた。
豪快に投げ飛ばされた刺客はガラス窓を破って庭にある噴水に落下する。生きてはいるが衝撃で意識を失ってしまった。
パーティー会場は滅茶苦茶になり、全員がぽかーんと口を開けている。
「うっ……ジン王子……」
「大丈夫かスカーレット!? まさかどこか怪我でも!?」
その中で騒ぎを起こした犯人であるスカーレットが床に座り込んだ。
真っ先に駆け寄った王子。よく見ると彼女の顔色が悪い。
「おい大丈夫か!?」
「待って、急に肩なんて揺らしたら……うえっ」
さっきまでとは違う意味で会場が凍りついた。
♦︎
「──以上が昨夜の出来事だ」
「大変申し訳ございません……うえっ」
王城にある客室。
そのベッドの上でバケツと仲良くなっている私にジン王子が欠けた記憶について説明してくれた。
実は私、この部屋でボトルを開けてからの記憶が一切残っていない。目が覚めたら突然の頭痛と吐き気という典型的な二日酔いに襲われたのだ。
そして何故か半裸になっていた私の前に現れたのが目の下に隈のあるジン王子だった。
「暗殺の主犯は隣国だ。以前から国境近くの領地に不審な人物達が出入りしていると聞いていたが、とっくに買収されていたようだ。我が国を混乱させるために今回の計画を企てたのだろう」
「そうですか。あのシェリーという子は……」
「暗殺については知らされていなかった。ただ用意させた酒を俺に飲ませろと命令されていたようだ。マーベラスに近づいたのもそのためだ」
すぐ処刑とはいかないが国外追放は確定だとジン王子は言う。
「マーベラスについてはどうなるのでしょうか」
「側近としての任務を果たせず、逆に仕える主人を危険な目に遭わせたのだ。騎士の道は絶たれ、公爵家から追い出される予定だ」
「そうですか」
「随分とそっけないな」
「あー、なんというか婚約破棄を言いつけられた時点で割り切ったといいますか他人になったというか」
婚約破棄され悲しかったし悔しかった。
冷めていた関係ではあったけど長年近くにいた人間の人生が終わってしまったのだ。
もっと思うところはあるはずなのだが胸の中はスッキリとしていた。
「ボコボコにしたのでスカッとしたみたいです」
「まぁ、あれが一番アイツに効いただろうな」
記憶には無いが、体が覚えている。
私のこの手でマーベラスの伸びた鼻をへし折ってやった。
うん。それでよしとしておこう。
「それで今後の君のことだが、」
「修道院にでも行こうと思います。家にはいられませんし、婚約破棄されて酒に酔った勢いで暴力を振るってパーティーを台無しにしたんです」
兄夫婦にはこれ以上迷惑をかけられない。
せっかくプレゼントしてくれたお酒でこんな騒ぎを起こしてしまった。
これからは禁欲的な生活を送るために貴族の身分を捨てて修道院で静かに暮らそう。
「待ってくれ。実は君に勲章を与えたいという話が出ているんだ」
「はい?」
ジン王子の口から出た言葉が理解出来なかった。
「君のおかげで俺の命は助かったし、裏切り者も判明した。側近についても改めて血縁ではなく忠誠と実力のある者を選ぶつもりだ。どれもこれも君のおかげなんだ」
「いや、でも私はお酒飲んで暴れただけで……」
「会場の皆が証人になってくれた。君は身を挺して俺を守った勇敢な人物だと……いう風にした」
語尾が小さくなっていくジン王子。
私を守るためにみんなを説得して回ったらしい。
珍しく疲れた表情をしているのはその説得に時間がかかったせいなのかもしれない。
「君にはこのまま残っていてほしい」
「でも、私はマーベラスの婚約者ですらありませんし、王子が心配することは何も」
「あぁ。君はもうアイツのものじゃない。だから今言わせて欲しいことがある。……俺と婚約してくれないか」
今度こそ私は完全に動きが止まった。
ジン王子はそんな私を見ながら早口で話をする。
「マーベラスの横に立つ君に一目惚れだった。しかし君はアイツの婚約者でどうすることも出来なかった。早く自分の相手を決めなければとは思っていたが結局は後回しにしていた。俺は君を諦めきれなかった」
「えっと、でも前に落ち着いて一歩引いた振る舞いでつまらないって……」
「つまらないと言ったのはマーベラスだ。私はぐいぐいと来る女より君のような奥ゆかしい女性がタイプだ。……まぁ、男達を投げ飛ばした力強い姿にも心惹かれてしまったのだが……」
それはつまり私の勘違いだったということか。
王子の語る内容を聞いていくと、彼はマーベラスの無能さを嫌っていたが私の近くにいるためにはマーベラスを側近にしておくしかなかったとか。
「どうか考えてはくれないか」
「勿体ない提案ですがその、」
この現場を見てくれ。
顔色の悪い男女が二人きり。片方は汚物の入ったバケツを抱えている。
おまけに私は王子の服に粗相をしてしまったらしいではないか。
「本当に私でよろしいので?」
「俺を汚した責任は取ってもらいたいな」
普段はクールな表情の王子が珍しく笑った。
初めて……いや、そういえば彼は私だけには直接酷い言葉を言わなかった。
なんだ。私の求めていたものは案外近くに転がっていたんだ。
「まずは父上と母上に君を紹介したい。会食に参加してもらってもいいかな?」
「えぇ。ただ、お酒は無しでお願いします」
「そうかい? 君の飲みっぷりは凄かったけど」
「お酒が入ると何をしでかすかわからないので。せめて最初くらいはお淑やかなフリをさせてください」
「あぁ。わかったよ」
しばらくの後、私は兄夫婦と一緒にお酒を二本選んで買った。
一本は近いうちに飲む予定だが、もう一本を開けるのはずっと先のことになりそうだ。
誤字脱字報告をお待ちしてます。すぐに修正しますので。
そして面白かったら下の方にある感想・評価をよろしくお願いします。☆のある部分から応援出来ます。
☆〜☆☆☆☆☆の中から選んで評価できます。
マッグガーデン様から出版された《悪役令嬢にハッピーエンドの祝福を!アンソロジーコミック③》に本作が収録されています。
電子書籍サイトでアンソロジーコミック、単話版の配信もされています。
詳しくは活動報告や作者Twitter(X)でお知らせております。