第8章 彩子の部屋
彩子のマンションは駅から近かった。
オートロック式の築浅の10階建てだった。
「あ~ごめんなさい。哲也さん」
「やはり少し掃除しないと恥ずかしいよ」
「30分ぐらい外で待っていてもらえる」と彩子は申し訳なさそうに言った。
「問題ないよ」
「45分ぐらい駅前を見てくるよ」
「なんか買ってくるものあるかな」哲也は聞いた。
「いいよ。後で一緒に買い物に行こうよ」彩子は言った。
「ドラッグストアって近所にあるかな」
「え~どうしたの。足の湿布薬はもう要らないよ」彩子は不審な顔をした。
私が言い淀んでいると、頭の回転のいい彩子は
何かに思い当たったようで、顔を少し赤らめた。
ドラッグストアの場所を教えてくれた。
私は今夜に使うかもしれないものをドラッグストアで購入した。
駅前の商店街も散歩した。
コンビニやスーパーなどは開いていた。
ただ、商品はまだ一部のようだった。
東京でも一部は停電などのライフラインが
止まっているところもあった。
自分達は恵まれていると思った。
時間通りにマンションに戻った。
彩子の部屋に入った。
1LDKの間取りで、綺麗に片付いている部屋だった。
ブルーのカーテンで知的な雰囲気の部屋だった。
本棚には
財務諸表論、会計原則、商法、証券取引法、監査論・・・・
ぎっしりと専門書が並んでいた。
「あんまりジロジロ見ないでね」と彩子は照れた。
「地震の被害はなかったよ、本が床に落ちた程度だった」
彩子はハーブティを淹れてくれた。
初めての香りだったけど、とても気分が落ち着いた。
昨夜は彩子のスーツ姿とパーカー姿しか見ていなかった。
着替えたジーンズと白いシャツ姿が眩しかった。
長い艶のある髪が美しかった。
足は細く長かった。
ウェストが細く引き締まっていた。
シンプルなのにファッション雑誌から
飛び出してきたような華やかさに驚いた。
哲也は彩子に目を輝かせてしまって、動揺していた。
敏感な彩子は気づいたと思う。
「彩子の本棚見たら、高柳先生って感じにみえてきた」哲也は冗談で動揺を胡麻化した。
「じゃ~今まではなんだったの」と彩子は笑ってツッコミを入れてきた。
「仮眠しかしてないけど、私すご~く元気」
「お茶飲んで少し休んだら、夕食の買い物行こうよ」
「あと、おやつのケーキとか」と彩子は言った。
「昨日あんな大きな地震があったんだから、ケーキなんてないよ、多分」
「食料品も限られてると思うよ」哲也は言った。
「あ~そうだったね、地震のこと忘れてた」
「なんだか、私ちょっと浮かれてるね」
「でもテレビ見るのは怖いよ」彩子はうつむいた。
彩子は緊張、地震の恐怖、睡眠不足などから
かなり精神的にダメージを受けていると感じた。