第3章 最初の食事
哲也の部屋の前で
部屋に入ることを彩子はもう一度、躊躇っていた。
哲也は彩子の気持ちもよく理解できた。
見知らぬ男の部屋だから当然の反応だと思った。
「どうぞ、入ってください」
「暖房で中は少し暖かくなっていますよ」哲也は笑顔で言った。
「では、お言葉に甘えて」
「失礼いたします」と言って彩子は部屋に入った。
玄関で立ったままでいた。
「このソファーに腰かけてください」
「狭いところでごめんなさい」と哲也は言った。
彩子はダウンコートを脱いだ。
ネイビーのジャケットにブラウスだけの薄着だった。
首に巻いていたストールが華やかで
ワンポイントになっていた。
シンプルな姿が上品でよく似合っていた。
足が長く、ウェストの位置が高かった。
細い体ではあったけれど
均整のとれたスタイルで体幹が
しっかりしているように見えた。
姿勢が良かった。
その美しさで
部屋が明るく豪華になったように感じた。
「足は痛みますか」哲也は聞いた。
「歩けたのですから、捻挫程度と思います」
「問題ないと思います」と彩子は言った。
「私は高柳彩子と言います」と言って名刺を渡してくれた。
大手会計事務所所属の公認会計士と書かれていた。
その事務所は自分の大学のゼミ仲間が
いたような記憶があった。
「私は小林哲也です」と言って哲也も名刺を渡した。
「なんだか仕事みたいですね」と彩子は笑った。
その時、スイッチを入れておいたお風呂が沸いたことを
知らせる機械音が聞こえた。
哲也は寝室に行き彩子の着替えを探した。
新しいタオル3枚
洗濯した割と新しいナイキのパーカーとトレパン
唯一あった新しいTシャツ
を用意した。
「あの~私はこれから45分ほど食料の買い出しに行ってきます」
「これを使ってください」と用意した着替えを渡した。
「洗濯してありますから」
「お風呂で体を温めていてください」と哲也は言って、
お風呂とトイレの電気のスイッチの説明をした。
「あの・・・・私・・・」彩子は困惑していた。
「私が出たら、ドアのロックをしてください」
「45分でいいですか」と哲也は確認の意味で言った。
誤解されないように笑顔ではなく真面目な顔を心掛けた。
彩子の返事を聞かずに私は、ドア開けて外へ出た。
近くのスーパーは閉店していた。
コンビニは開いていたが
食料や飲み物は売り切れていた。
フリーズドライのワカメ、歯ブラシ、
購入するかどうか少し悩んだが女性用の下着を買った。
ドラッグストアで湿布薬も買えた。
大通りは相変わらず大渋滞していた。
歩いて帰宅する人の列は続いていた。
時間通りに部屋に戻った。
彩子は私の渡したスポーツウェアを着ていた。
オーバーサイズだったけど
とても似合っていた。
そして微笑んでいた。
顔色が良くなっていた。
「お風呂、体が冷え切っていたので気持ちよかったです」
「本当にありがとうございます」
彩子は丁寧に礼を言った。
「あの~これ使ってください」
「もう、何も売っていなくて」
ワカメ以外をポリ袋のまま渡した。
「ありがとうございます」中身を見て照れたように微笑んだ。
「全部でおいくらでしょうか・・・」
「プレゼントしますよ」
「と言うほどでもないですけどね」
「そう言うわけには」と彩子は困った顔をした。
「ご家族には連絡つきましたか」哲也は話題を変えた。
「まだ、メールも電話もダメなようです」と彩子は言った。
「私も両親にまだ連絡できていないです」と哲也は言った。
「あの~お腹すきましたよね」
「あまり食べるものないのですけど」
「冷凍庫に冷凍うどんがあります」
「一緒に食べませんか」と私は言った。
「私もお腹がペコペコなんです」
彩子はお茶目な言い方をした。
「ご迷惑でなければ、私が食事の用意やります」
「小林さんはその間にお風呂に入ってください」彩子はニコリとした。
哲也は、お鍋や調味料の場所を彩子に教えた。
「冷蔵庫に見事に何もないんですね」
と彩子は冗談を言って笑った。
哲也は急いでお風呂に入った。
うどんには唯一冷蔵庫にあった野菜の玉ねぎと
買ってきたワカメが入っていた。
今まで食べたうどんの中で一番美味しく感じた。
「とても美味しいです」と哲也は言った。
「本当に美味しいですね」彩子も言った。
テレビでは東北の街が津波で
壊滅状態になっているところもあるという。
恐ろしい報道がされていた。
街が壊滅ってどんな状態だろうと想像した。
二人で呆然としてテレビを眺めた。
彩子は哲也に警戒心がなかった。
愛情のある家庭で育ったことを感じさせた。