友
全く無音の襲撃。
突如、巨大な牙がドラゴの喉笛に迫った。
咄嗟に腕を突き出し相手の横面を殴りつける。その際前脚から繰り出された鋭い爪がドラゴの腕をかすめた。
ざりざりと腕の皮が爪で裂かれ、ドラゴの上腕が赤く染まる。
次の瞬間には襲撃者の姿は草の海に消えている。バシャバシャと水音が響いたかと思うと、また辺りは無音になった。
ドラゴは草の海に目を凝らす……
……周囲の草はわずかも動かない。
(いや、やつはいる。俺を狙う隙を探して)
黄色と黒の縞が、ここまで緑に溶け込むとは思わなかった。襲撃者は音を立てず、草の葉をも揺らさずドラゴを見詰めているのだ。
ドラゴの全身がふくれあがる。筋肉の繊維一本一本にまで力を込めパンプアップしたその姿は、他種族から戦場の悪夢と恐れられた人喰鬼そのものだ。
轟っっ!
雄叫びと共に襲撃者が飛び掛かった。
殴りつけようとしたドラゴの拳、それを覆う籠手に牙が突き刺さる。
ぎりぎりと籠手が軋んだ。籠手ごと腕を噛み潰そうとしている。両の前脚が振り回され、鋭い爪がドラゴの身体をえぐりにかかる。
ドラゴは自由な方の腕でその前脚をいなし、腹に蹴りを当てた。
堪らずドラゴからいったん離れた獣は、またも緑に身を隠した。
何処だ……
……何処にいる?
ドラゴのたくましい身体のあちこちからは、鮮血が噴き出していた。
力強い前脚が何度も爪を立て、彼の肉体を削ったのだ。
何処だ……?
無音の湿原。
かさりという葉擦れも無く。
草の海にドラゴ一人。
……
…………
呀唖ぁぁっ!
驚異的な跳躍力をみせて獣が迫る。
態勢を低くしたドラゴの掌が襲撃者の喉を掴んだ。
「捕まえた!捕まえたぞ!」
ぎりぎり、ぎりぎりとドラゴは獣の首を締め付ける。
獣は苦しさのあまり両脚を振り回し、ドラゴの顔を、肩を、腹を爪で裂く。
ドラゴの全身から噴き出した真っ赤な血が周囲の緑を染める。
やがて……
獣は力を失い……
ドラゴの腕にだらり、ぶら下がった。
とどめをさす為、満身の力を両腕に込め、ドラゴは獣の首を捻る。
骨の折れる鈍い響きが湿原にこだました。
ぜいぜいと息を吐きながら、背中に担いだ獲物の重みを、残された力を振り絞り両足で支える。
頭から、胸から、両腕から……
……身体中からボタボタと鮮血が雨の様に滴り落ちた。
一歩ごと、ドラゴの足許は赤く濡れていく。
森の入口へ辿り着いたドラゴは、倒した獣を脇に、巨木の幹に身を預け、ずるずると滑る様に腰をおろした。
傍らの亡骸に声を掛ける。
「友よ……我が獲物よ。貴様は俺のもの、俺は貴様のもの」
成人の儀式、その締めくくりの言葉を口にして、黄色と黒の毛皮を愛おしそうに撫でる。
いい面構えだ。
ドラゴは命を失った獣の顔を見て思った。
眠気に誘われるが如くドラゴの意識が霞んでいく……
そうだ……
お前の頭で兜をつくろう……
俺が見るものをお前も見る……
見た事の無いヒューマンの街……
それから、戦場の空も……
ドラゴの荒い息遣いが弱まり、徐々に消えていく。
辺りは静寂に包まれた。
────穏やかに暮らすならば、オーガの寿命は長いものと予測される。
しかし、その恵まれた体格に備わる筋肉が衰えを見せるほどに生き永らえるオーガは、ほとんどいない────
────────終