戦いの場
「無論、肉はありがたく喰うとも」
ドラゴは苦笑した。まさかヒューマンの『貴族』でもあるまいし、喰わない狩りなどしない。
「この身体を包むには野兎などでは駄目だ。一生を共に過ごす様な毛皮でなくてはな。その為には存分に力をふるい、命を賭けて戦わねばならん」
それでこそ身に纏うに値する。
「天幕の炉端で毛皮の手入れをする時、俺は戦いを思い出すだろう……そいつの息遣い、そいつの咆哮、そいつの爪と牙、そいつの瞳に映る俺の姿を」
エルフは焚き火の向こう、闇に赤く浮かび上がるドラゴの姿を見た。
まだ見ぬ戦いの相手を想い、期待に両目を輝かせている。
「……オーガが強いのにすぐ死んじゃう理由が解った気がするわ」
エルフの娘は溜め息を一つつくと立ち上がり、膝についた砂を払った。
「焚き火とご馳走をありがとう」
笑顔でそう云った彼女だったが、少し云い淀みながら次の言葉をドラゴに告げる。
「……オーガ、この森を抜けると湿原に出るわ、丈の高い草で覆われてる。そこに行けば貴方の望む戦いがあるかもしれない」
エルフは伏し目がちに続けた。
「そこを狩場にしているやつは強いわ……貴方には荷が勝ち過ぎるかもしれない」
娘の姿が夜の闇に消えていく。
「……それでも、貴方は行くのでしょうね」
翌朝、焚き火の始末を終えたドラゴは森を抜ける獣道を進んだ。
その間どこからか自分に向けられた視線を彼は常に感じていた。
昨夜の娘が見守ってくれているのか、それとも他の者が監視しているのか。森の出口までそれは続いた。
森を抜けるとそこは青々とした草の海。
ヒューマンの牧草地とは違う、ドラゴの腰まで伸びた草が隙間無く広がっている。
付近の川から溢れた冷たい水が草の根元を浸し、時おり吹き抜ける風が緑の波を立てる。
湿原に足を踏み入れる前に、ドラゴは揺れる緑の波を眺めた。
(俺がその獣だったら……)
なるほど、ここは良質の狩場だ。
丈のある草と飲み水。ここならば大型の草食獣でも安心して身を隠していられる。
逆にそれは獲物を狩る者にとっても気取られずに忍び寄る事が出来る、という事だ。
ドラゴはぬかるむ湿原に足を踏み入れた。
一歩踏み締めるごとに草の根の塊、ちぎれた草の茎が足の裏に当たる。ヒューマンなどが素足で歩けば突き刺さって怪我をするだろう、そんなぬかるみを無造作に踏んでいく。
ドラゴは風上に向かった。
草食獣を狩るなら風下から襲う。だが、ドラゴの望む獲物は臆病な草食獣などでは無い。
風下にいた鹿が二頭、水音を蹴たてて跳びはねながら森へ逃げるのが見えた。
(そうだ、逃げろ逃げろ)
鹿達が逃げれば獲物がいなくなった事に腹を立て、湿原の主がドラゴを狙ってくるだろう。
獲物を追い散らしたのは自分だ、そしてここにいる。
それを解らせる為にドラゴは風上に立ち続けた。
ざわざわと通り抜けていく風の他、音の絶えた湿原でドラゴは軽く目を閉じ、全身の力を抜く。無駄に力まぬ様に。
黄色と黒の突風がドラゴに襲い掛かったのは、その瞬間だった。