夜、訪問者
月明かり。
森のなか、焚き火に兎の肉をかざし、腰に巻いた道具袋から塩を摘まんで振る。
夜鳥の啼き声、虫達の囁き声を聴きながら、香ばしく焼ける匂いを嗅ぐ。
(これが狩り、か)
居留地を離れて独り。
周りに知る者のいない淋しさ
天幕も無い夜の不安
一日歩き続けての疲労
肉の匂いに沸き起こる空腹感
まだ見ぬ獲物への期待
自らの内に感じる野性
夜の闇のなか、ドラゴは正の感情と負の感情を一度に味わっていた。
(今まで自分が幼いと感じた事は無かった。が、今は違う)
自分の弱さを自覚する事、それを克服する事こそ、単独での狩り──成人の儀式──の目的なのかもしれない。ドラゴはそう思った。
焼けた兎の肉にかぶりつく。
────美味い。
ドラゴは認識を改めた。喩え小さく弱い兎でも、その毛皮を身に纏う事がなくても、これは俺の獲物だ。自分で仕留め、自分で喰らう初めての獲物なのだ。
(兎よ、お前に千の感謝を)
そうしてもう一口かぶりつく。
と、ドラゴの耳が音を捉えた。
カサリ。
下草を踏み締める足音。
ドラゴの手が兎の肉を下に置く。
あぐらをかいていた足を組み換え、いつでも跳び出せる様に態勢を整える。
「夜の平安を、オーガ」
それは足音の主が発した言葉だった。
争う意思の無い事、一時の憩いを求める挨拶である。
「……共に平安を、エルフ」
焚き火の前に現れた姿を見てドラゴは挨拶を返した。
(エルフ……でいいのだろうな)
ドラゴはヒューマンの交易商人しか他の種族を見た事が無い。他に居留地へ現れる者などいないからだ。
聞いた話から、恐らくこの女はエルフでいいはずだ。
「少しの間焚き火を借りてもいいかしら?」
「構わん……これは独り身の兎だ、そばに子はいなかった。食うか?」
子持ちの獣などを狩ればエルフは気を悪くすると聞く。
「あら悪いわ、貴方それだけじゃあ足りないでしょ?」
「……俺の初めての獲物だ。この喜びを分かち合う相手が欲しかったところだ」
エルフの娘はそれを聞くと微笑んだ。
「おめでとうオーガ。なら、一口いただかないわけにはいかないわね」
ドラゴは両手に力を込めて肉を半分に裂いた。一口、などと客に対してそんなケチな真似は出来無い。
エルフは渡された肉の量に目を見張り、ドラゴを見返す。頷く彼に娘はその細い両手で兎肉を掲げると頭を下げた。
「オーガが独りで森を出歩くなんて、珍しいと思って様子を見にきたのよ」
焚き火にあたりながらエルフの娘は来訪した理由を口にした。エルフにしてみれば森そのものが家である。興味が無ければわざわざドラゴの前に姿をさらす事もない。
「自分の食べるものを手に入れる事で大人と認められる。解りやすい成人の儀式ね……狩りが成功したのだから、もう居留地に帰るの?」
「成功?いや、食料集めなら、大人達と結構前からしている」
「え?」
エルフはドラゴの言葉に思わず聞き返した。
「俺達が独りで獲物を追うのは、身に纏う毛皮を得る為だ」
「それって……食べる為じゃ無いわけ?」
毛皮だけを手に入れる為に獣を狩る。森の守護者を自認するエルフにしてみればあまり気分の良くない理由だ。