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す→れ←違↑い↓  作者: 竹村 翔
6/6

Resolve

「次は終点です。お忘れ物のないようにお降りください。」

重たいリュックを肩に背負い、結局最後まで座れなかった電車を降りる。リュックの内容物はいつもと同じだけど、今日はさらに重たく感じる。

改札にICカードをタッチして、残高を確認したけど残りは二桁。また帰りにでもチャージしなきゃね。今日も迎えはないし、これからは電車で来ることが多くなるかもなとか考えながら、スタジオまでの道を歩く。道中にラーメン屋さんがあって、豚骨の匂いがプンプン立ちこめている。私はこの匂いが大好きだけど、ある人は嫌いって言っていた。このスープは好き嫌いが分かれそうな匂い。

私は皆から嫌われているけど。

 スタジオ近くのリンゴマークが左折の目印。別に方向音痴って訳ではないけれど、目印があって損は無いから、よく自分なりのピンをたてている。

さぁ、着いたよ、真澄。本当に大丈夫なの。そんな自問自答を繰り返しているけど、今更家に逆戻りなんて出来ないよね真澄ちゃん。けど無理はしないでね。空想友達のA子ちゃんが私を励ましてくれている。

 「おはようございます。」

受付の人に挨拶をして、更衣室まで足を運ぶ。こんなにも一つ一つの行動が怖いのっていつぶりだろう。楽観タイプって自分では思っていたけど、全然じゃん。なにも吹っ切れてないし、むしろ自分で自分を追い詰めるタイプじゃん。

別のクラスのレッスンを横目に、更衣室の前まで足を運んだ。ドアノブがいつもより冷たくて、緊張の瞬間だよって知らされている感じ。スゥーっていう新しいドア独特の音を鳴らしながら、二名の女子の声が聞こえる空間に足を踏み入れた。

 「あ、真澄ちゃんおはよう。」

明るい関西弁の声が私を迎えてくれる。それに続いて他の子も挨拶してくれる。

 「おはよう、ございます。」

思っていた反応と違って少し戸惑ったが、ダンスの皆は私を嫌ってはないんだと少し安心した。

 「てか、なんで急に敬語なん。年なんか関係ないし、皆友達。ユー・アー・マイ・フレンズや。」

独特なしゃべり方。英語が得意なのかな。友達かぁ、この子が今どんな気持ちで言ってくれたかはわからないけど、今の私には治療薬みたいな言葉。目に浮かぶお湯を必死に押さえて、ここで泣く訳にはいかないと自分に言い聞かせる。

  「えぇぇ、どうしたんや。なんかあったん。」

やっぱりバレていたみたい。けど、まだ全然話したこともない彼女に深刻な話をしてもいいのだろうか。というか、この一週間家もろくに出てないし、久々だよ、人と喋るの。

 「あ、いやぁ。まぁ、大丈夫だよ。なにもない。友達って嬉しい。」

 「なんや、そんなことか。じゃあ心配いらんな。これからもよろしくやで、ますみん。」

あだ名までくれた小柄な彼女は私の前で手を広げている。少し戸惑いながらも、引き寄せられる感覚には逆らえなかった。堅く抱きしめられた身体が、筋肉反射で目に刺激を与える。ここぞとばかりに流れ出す涙。服を濡らしてしまいそうだから、離れようとしたけど彼女はずっと抱きしめてくれている。私より小柄なのに、その身体は誰かさんよりずっと大きく感じた。

 「いいんやで、このままで。わかってるから。」

少しの間、彼女に包まれていた私は、とてもとても話を聞いてほしくなった。だけど、なにから話せばいいかわからない。

 「私らはますみんの味方やねんから。」

 「ごめんね。本当にありがとう。ちょっとだけ話聞いてくれるかな。」

時々あふれ出てくる涙で話が止まったけど、自分が言いたいことは伝えられたと思う。話の節々で深く頷いてくれる彼女は、すごく話しやすかった。

 「ますみんは訳もわからんと、いじめられたってことか。けどなんでなん。理由がないとそんなことしやんもんな。なんか、思い当たる事ってないん。」

 「そういえば、その日の前日に屑と会って、その会った時に色々あって、泣いてしまったんだよね。そこにたまたま通りがかった友達が私を慰めてくれようとしたんだけど、悪くない屑を貶すのね。だから、その友達に屑のことを悪く言わないでって、きつく言ちゃったのが原因なのかな。」

 「え、まって、それってさツイッターに載ってたやつじゃない?」

話を聞いていた他の女の子が飛び込むように入り込んできた。ツイッターに載っていたってなんのことかさっぱりだけど、私のことでなんだか物騒なことが起きているのはわかった。

 「ツイッターって?」

 「真澄ちゃんに似ているなぁとは思っていたけど、まさか本当に真澄ちゃんだったなんて。」

どういうことだ。私と屑がツイッターに載せられているって事?誰がそんなことしたの?

 「高貴ングってアカウント名。高貴って奴かな。知っている?」

名前を聞いて鳥肌が止まらない。SNSに投稿して、私に復讐したってこと?

 「そいつが、私を慰めてきた奴。どんな内容なの?」

自分の中の憎悪感がもくもくと上がっていくのがわかる。体中の血液温度が上昇し、今にも殴りに行きたい気分だ。

 「慰めてやったのに罵声が返ってきたとか、彼女を奪われたとか」

 「はぁ?」

腹の底にため込んでいた憎悪が鬼に成って口から飛び出した。

 「まぁ、落ちつきぃや。ってかこのリプライ欄、なんかすごいことになってるで?逆に高貴って奴が叩かれてない?」

飛び出た鬼は腹の中に押し戻し、リプライとやらに目を通す。リプライってコメントみたいな感じか。私たちに向ける多くの罵声コメントの中に高貴に向ける反撃コメントが顔を出す。反撃コメントのいいねが一番多いアカウントの名前は明石焼きって人だった。

 「この明石焼きって人がほんまのこと暴いてくれたんちゃうん。ますみんが学校でいじめられたんって何曜日や?」

 「月曜日。土日に学校の子に会ったっていっても屑ぐらいだし、だからこそいじめられる意味がわからなかったの。」

 「じゃあやっぱりこのツイートが原因やな。関係ない奴らまでこれを鵜呑みにして、ますみんを陥れたと。ほんまネットって怖いなぁ。けどさ、その屑も一緒に叩かれてたって事やん。ますみんと一緒で被害者なん違う?」

よく考えれば確かにそうだ。ヒロのことを屑呼ばわりして、ただ私が決めつけていただけだったんだ。ごめんね、ヒロ。

 「じゃあ、ヒロもなんかあってもおかしくないってことだよね?」

 「そうやなぁ。この五日間、連絡もとってないんよな?今日ちゃんとダンスに来ればいいけどなぁ。」

 「来ると信じるしかないね。ごめんね、ありがとう。なんか色々誤解していたし、皆のおかげで気持ちも楽になった。ほんとうにありがとう。」

 「ますみんはなにも悪くないやんか。謝るなら、屑呼ばわりしたヒロ君にしてきぃや。よく頑張ったねますみん。」

こんなにも優しい子が世の中にいるなんて。一度は見放した世界ももう一度見つめることにしようかな。空白だった一週間を取り戻すかのような濃い時間だった。彼女たちには感謝しきれない。今度、寿司を奢らなきゃね。

そういえば、まだちゃんとなんて呼んでいいか聞いてなかったや。

 「二人とも、名前はなんて呼べばいいかな?」

 「私は(このは)って呼んで。二十歳やけど、呼び捨てでええからね。」

このはかぁ。かわいい名前。身体は小さいけど、お顔はかなり大人っぽい。言っちゃ失礼だけど、もうちょっと背があれば、絶対モデルスカウトきていただろうな。

 「このはよろしくね。」

ツイッターの事を教えてくれた子の名前も知りたい。物静かそうだけど、仲良くなれば絶対楽しい人。大好きなタイプ。

 「(さき)ちゃんだっけ。そう呼んでもいい?」

 「うん。よろしく真澄ちゃん。」

目線はスマホにあるけど、その返事は優しく温かい。この二人と仲良くなれて良かった。

 「ねぇ。こいつの昨日のツイートに『覚えとけよ』ってあるんだけど。」

さっきまでは暖かかった声質が一気に氷柱のように鋭く冷たくなり、更衣室の中を飛び回った。冷房の音が静まりかえった更衣室をさらに静かな空間へと仕立て上げる。

私を含めた三人の背筋に氷柱が刺さり、凍り付いたのがわかった。


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