The beauty of that day is beyond description.
僕と真澄は小学生の頃からの幼なじみだ。小学生の頃までは、親ぐるみの仲だったが、中学生になってからは、親の仕事や僕たちの思春期も合わさって、以前みたいに遊びに出かけるなどほとんど無かった。
遊びには出かけなかったけど、僕たちにはダンスがあった。もともと、ダンスを始めた理由は真澄が始めると言ってきたからだった。なぜかその時「僕もするよ」なんて言ってしまって一緒に始めることになった。
結果的に今は、感謝している。あの時、僕にダンスを教えてくれていなければ、今の仲はもう無いだろうから。こんなにも楽しくてドキドキする日常もすべて真澄のおかげなのだ。
「まずは、バスに乗って駅に向かってみようか。」
「そうだね。」
今日のプリクラ探しのお出かけも真澄が提案してくれた。プリクラをまだ持っていたことがばれてしまったけれど、まぁ今思えばそれでよかったのかもしれない。
朝、真澄の家に来る途中で、ここの道に落としていました、的なことも考えて、一応この道も確認してきたけれど、やっぱり見つからなかった。
「昔、電信柱に知らない人のプリクラとか貼ってあったよね。あれみたいに貼られていたりして。」
笑いながらそんな話をするのをみて、別に貼られていてもいいの?なんて考えてしまう。もしそんなプリクラを知っている人に見られたら、僕はまだしも、真澄の方が被害は大きそうだけど。
「貼られていたら、ラッキーだけどなぁ。」
思わず二度見をしてしまう。え?いいの?恥ずかしくないの?そんな疑問が頭を駆け回る。いや、考えすぎか。彼女はただ、見つけやすくなるからそう言っているだけかもしれない。
バス停までの少しの道のりを歩き終えた僕たちは、二人で時刻表を確認する。
「えぇ、次にくるの十五分後だってさ。」
「ほんとだ。長いよ。」
僕たちは、駅から少し外れたところに住んでいるからバスの本数も少ない。とはいっても今は一時間に三本ぐらいはある。朝の通勤時間なんて、十本くらい走っているのにお昼に近づけばだんだん減っていき、また夕方ぐらいに増えて、夜になれば二本しか運行していない。
「まぁ、待つしか無いよね。」
なんだか、その言葉に申し訳なさを感じる。
「ごねんね、なんか、付き添わせて。」
「なに。元々は、私から行こうって言ったの。」
またまたそんな言葉をかけてくれて、胸の奥がきゅっとなる。
「なんかこう、もうちょっとキーホルダーとか、お守りとかだったら頼みやすいけど。」
真澄には、たかがプリクラ、なんて思われていないかって少しばかり気にしている。そう笑いながら彼女のほうを向くと、しかめ面をしているように見えた。
「私はね、本当はプリクラを、」
目の前をタイミング悪くトラックが通り過ぎる。すごい風圧と荷台が揺れる音で、なにも聞こえなかった。
「え?なに?ごめん。」
「ばーか。」
絶対に聞き逃してはならなかった。もう一度聞き返そうとしたが、バス停の周りに人が集まってきて、喋るのが気まずくなってきたのでやめた。
お互いに無言が続き、気づけば一個手前の信号にバスが来ている。それに気づいた真澄は僕の肩を軽くたたき、「きたよ!」とテンション高めな声でバスの到着を知らせてくれた。
僕たちの地域は、後ろのドアから乗車するのが一般的で、たまに県外のバスに乗ると戸惑うことがある。
「県外ってなんで前から乗るのかな。」
一番初めに乗り込んで、席を確保し真澄を奥に座らせる。
「私達のあたりまえが逆なのかもね。ドラマを見ていても前から乗っているし。」
窓の外を見ながら、疑問に疑問を返してくる。確かにそうなのかもしれない、納得はしたが特に声には出さずうなづいておく。車内中に僕たちの声が響き渡るのも嫌だから。
バスに揺られる彼女を見ながら、違和感を思い出す。なんだか今日は、いつもの匂いがしないような気がする。髪の毛もストレートじゃないし、リップの色も少し違う。まるで別人の様だ。
周りの乗客も会話を始めて、喋りやすくなったところで、さっき気になったことを聞いてみる。
「リップ変えたの?」
少しの沈黙からいきなり聞いたので、びっくりしたような素振りをされる。その後の透き通った笑顔に目が離せなくなる。
「わかったー?さすがひぃ。」
最後のは、噛んでしまったのだろうけど、そんな彼女もかわいい。褒められて嬉しくなったので、僕も笑顔になる。
匂いのことは聞かなかったけど、真澄も聞いてこないのでまだストックとして保存しておこうと思う。ちなみに、香水をつけ始めたのは、真澄がつけていたからだ。なんだか大人になれた気がする。
「次は、終点です。」
最近変わったアナウンスの声が車内に響き渡り、気の早いおばあさんが席を立って歩き出す。それに続いて周りも席を立ち始めた。思っていたよりすぐに着いた。途中の停留所に止まるのが少なかったからだろうか。
「ありがとうございましたー。」
事故無く駅まで連れてきてくれた運転手さんに感謝を伝える。絶対に感謝は忘れないように心がけている。
僕の言葉に続けて、真澄も感謝を伝える。その後の乗客も運転手さんに感謝を伝えていく。こうして自分が心がけていることが誰かに広がって、頑張っている人が少しでもいい気持ちになればいいな。なんて、そんな平和な世界は想像の範囲で、後に続いてくれたのは真澄だけだった。
「まず自分たちで探せる範囲を回ってみようか。」
その開始のかけ声と同時に、見つかるのかな、という不安もこみ上げてくる。
前の土曜日に歩いた道を思い出しながら大まかなルートを決め、その道をたどってみることにした。
キョロキョロしながら下を向いて歩く二人。端から見れば滑稽な姿かもしれないが、本心は理由を説明して、一緒に探してくれる人を募集したいぐらいだった。
「ないねー。前は、あそこの階段から上がってきたよね。あの周辺も探してみようよ。」
「そうだね。無ければ駅に行こうか。」
階段の周辺もくまなく探したが結局、見つからなかった。やはり駅のどこかに落としているのだろうか。
やはり、地上は諦めて地下で探すことにする。地下と言っても地下鉄ではないこの駅は、少し不思議な感じだ。周りにはたくさんの世界遺産があるのに、こんな大規模な地下駅を掘ったら、遺産がいっぱい出てきたことだろう。
今から数百年後にまた掘り返されて、プリクラが出てきたときは博物館に保管されるのだろうか。
僕たちはとっくに死んでいるだろうが、見つけてくれたことに感謝しないとね。
薄暗い階段を下って、これまた最近張り変えられた木目調の地面を踏みつける。
「改札の中には入れないから、駅員さんに聞いてみるか。」
ICカードをチャージしたところの床と壁にも貼られていないことをしっかり確認して改札の横に向かう。
「すいません。プリクラとか届いていませんか?」
少し気の落ちた言い方で駅員さんの同情を誘ってみる。すると、気持ちが伝わったのかニコッと笑って「ちょっとお待ちくださいね。」と駅員室の奥に入っていった。
これはもしや、と僕たち二人は顔を見合わさる。真澄のわくわくした表情は僕よりも嬉しそうだった。
奥から走って戻ってきた駅員さんは、これまたニコッと笑って「これかな。」と白い手袋をした手を差し出してくる。
だが僕たち三人の期待は、見事に叶わなかった。
そこに写っていたのは、全くしらないカップルの顔。
この二人も同じように探しているのかな?と同情しようとしたが、自分のプリクラではなく、違う人のプリクラを見つけたのだ、そんなの本気で探している僕らからしたら悔しくて仕方が無い。出来るはずもなかった。
「ありがとうございました。」
残念そうな顔をして見送ってくれる駅員さんが、本当に今の気持ちを癒やしてくれた。
残念だけど、諦めて、家に帰ることにしよう。今来た道をもう一度、戻る。
「なかったね。ごめん。」
隣からそんなことを言われ心臓がドキッとする。頭が混乱して、なにがなんだかわからない。
「どうして君が謝るのさ。」
隣を見てさらに心臓がドキンとした。
真澄は泣いている。
疑問が頭を駆け回る。
どうして?どうして君が泣くの?どうすればいい?どうにかしないと。
「私がプリクラを見つけなければ、こんなことにはならなかった。私がなくしたのも同然だよね。ごめん。」
震える声と溢れ出す涙。真澄はなにも悪くないのに、そんなこと思わなくてもいいのに。
「大丈夫?」
混乱する僕の後ろから、聞こえる声。突然のことに身体がビクッと震える。
「真澄ちゃん。ひとり?どうしたの?」
さらに混乱してしまって、ただその光景を眺めていることしか出来なかった。本当は、あの対応を僕がするべきだったのだろう。
見覚えのある男の顔がこちらを向き、口を動かす。
「お前か?泣かせたの。」
おいおい、やめろよ。そんな小学生みたいな言いがかり。
「違うよ。」
「じゃあどうして泣いているか説明しろよ。」
そんなの、僕だってわからない。こっちが聞きたいぐらいなのに。
目を合わせてくる彼に僕も目線を移す。そうだ、思い出した。こいつはこの前、僕にボールを当てたやつだ。どうして、こいつがこんなにも偉そうに。
「できないのか?どうせ、お前だろ。言えよ!」
すごい言いがかりを浴びせられ、僕のイライラも頂点に達する。本格的に喧嘩モードっていう雰囲気だ。
「ふざけんな。」
僕が言おうとしていた言葉を何者かに盗られる。
目の前の状況に頭が追いつかない。
そう言い返したのは真澄だった。
「あなたに私とヒロのなにがわかるって言うの?」
こんな口調の真澄は見たことがない。すごい剣幕だ。
高貴って奴は、呆気にとられた様子で彼女から離れ、同時に自分の行動を正当化し始める。
「俺は、ただ真澄ちゃんを心配してだよ。だって、こいつが泣かせたようにしか見えないし、しかも、ただ見ているだけだよ?」
「うるさい!こいつ、こいつってやめて。ヒロをこれ以上傷つけないで。」
まだ何かを言おうとする高貴に対して、真澄は怒りの形相向ける。
「なんだよ。気持ちわるい。」
高貴は顔をしかめ、舌を鳴らし、おまけに置き文句を言い放ってその場を立ち去っていった。
僕が初めに言うべきだった言葉は、大丈夫?とか、泣かないで、とかではなく、「ありがとう。」という一言だったのだろう。
なぜそんなことを、真澄より先に言えなかったのだろうか。
こんなにも情けない自分を叱ってほしい。それとも、さっきの怒りは、僕に対してでもあるかもしれない。もしそうだったら、僕はどうするべきなのだろう。いや、もう考えるな。今は、自分の気持ちに嘘はつくな。感謝を伝える。この気持ちは常に自分の中にあったはずだ。また曖昧な気持ちだったのか。そんなはずじゃないだろう。
「真澄、今からすることはなんでもないから。気にしないで。」
そっと、真澄を抱き寄せる。これが今するべき感謝の伝え方だと思った。駅の中なんて関係ない。今はなにも、誰も関係ない。僕たちだけの時間だ。僕だけの真澄だ。誰も邪魔するな。真澄に近寄るな。
溢れ出す涙が、肩を濡らしてしまう。そんなの今の僕には、関係なかった。
「ヒロ、痛いよ。」
クスッと笑う声が、耳元で聞こえる。
真澄の体温。涙。息遣い。今この瞬間、真澄を離せば、もう二度と出来ないんじゃないかって。
「もう少しだけ。」
今はもう恥ずかしいなんて気持ちは全く感じない。僕たちの横を通り過ぎる人々。喋り声。改札を通る音。人の歩く音。すべてなにも気にならない。気にしたくもない。今はそれだけ真澄に集中していたかった。
「離してヒロ。恥ずかしい。」
その声で、正気に戻った。真澄を抱きしめていた手を離す。顔が赤くなるのがわかった。もうこれは、事件だ。逮捕レベルだ。
「いや、違う。これはその、そうだよ!誰かが僕の中に入ったのかも、あはは、ごめん。」
まさに小学生レベルな言い訳だ。自分で自分が恥ずかしくなる。
「ヒロって意外に大きいね。気持ち落ち着いたよ。だけど、私を泣かせたから、また今度してもらいます。」
自分の耳を疑った。え、今、そんな、まさか。
「いま、今度って、いった、よね?」
真澄は、笑いながら先に階段を駆け上がっていく。今回は聞き逃さなかったぞ。自分を信じてもいいよね。
舞い上がった心を少しだけ抑えて、先に階段の半分まで上った真澄を追いかける。
段差を踏み外さないように、一歩づつ着実に足を進める。こんなところで怪我なんてしゃれにならない。
先に地上に出ているのを見つけ、「足速いな。」なんて言葉をかける。
はぁはぁと息が上がり、お互いに衰えを感じる。まだまだこれからが人生本番なのに。
「ヒロ、新しいプリクラ撮らない?」
走ったからなのか、さっきの出来事のせいか、今の言葉のせいかわからないけど、心臓の心拍数が爆速に早い。
一旦、落ち着くために大きく深呼吸をし、今日最大の息を吐くと同時に、首も縦に大きく振り下ろした。
「よっしゃい!」
こんなにも喜んでくれているのを見て、もうこのまま時間が止まればいいのになんて考えてしまう。
「私はね、本当はプリクラを持っていてくれて嬉しかったの。だから、無くしたって聞いて、一番へこんだのは私。」
また、顔が熱くなる。
「あ、たこさん。おいしそうだなー。」
「やめろ。食うな。だけど、俺もずっと持っていたよ。」
こんなにも正直になれたのは、いつぶりだろうか。今日の僕たちは、なんだかおかしい。そして最高にたのしい。
僕たちは手を握りあってゲームセンターに向かった。
真澄の細くて、長い指。強く握れば折れてしまいそうな感じだった。
新しいプリクラ。いつもと感じの違う真澄。また新たな記憶となる。
それは、上書きではなく、新たらしく、刻み込まれる記憶。
僕の記憶が消えない限り、あり続ける記憶。
僕は、
この日を境に、学校に行かなくなった。
前回に引き続き、ご閲覧くださった皆様、ありがとうございます。
第3話いかがだったでしょうか。
お楽しみいただけましたでしょうか。
このお話が、沢山の方へ届きますように。