my feeling, where you are too
ベッドに伝わる物理的振動と、耳の鼓膜に伝わる振動が脳に反応を促す。その二つの振動をいち早く感じ取った身体がもぞもぞと無意識に動き出し、音を止めなさいと信号を受け取った手が枕元にあるスマホを探し始める。なかなか見つけられない手を見かねた脳が目を開けろと、さらに信号を送り出す。茶色い瞳に差し込む光。思わず目をしかめてしまう。
やっと見つけたスマホを操作し、アラームを止める。画面が切り替わり、何件かある通知を一つ一つ処理していく。だけど今日は緑色の通知が異様に多い気がする。
「え!?」
心臓が止まるかと思う感覚。汗がドバッと出る。
恐る恐る時計を見ると、針は十時を指している。やばい。どうしよう。とりあえずLINEを返そうと、打ち慣れたパスワードを高速で打ちヒロとのトーク画面に入る。
「>ごめん、今起きた。もしかして、もう家ついている?」
送った途端、すぐに既読がつき、「>うん。」と返信が来た。
あわててカーテンを開けると家の塀にもたれかかるヒロが目に入る。
「ヒロ、ごめんー。家上がってくれるー?」
ずっと外で待っていただく訳にはいかないという気持ちから、咄嗟に言ってしまった。
「家いいの?」
あたふたしながら上にある私の部屋を見ている。そりゃあそうだ、久しぶりに家に上がってもらう。それにしても、こんなかっこいい子を一人で待たせていたなんて、とんだ寝坊野郎だ。
「今から下いくね。」
急いで髪を梳かして、スッピンを見せることに別に抵抗はないけど、歯磨きをしていないからマスクをつけていこう。
途中、階段で転げ落ちそうになりながらも、なんとか三十秒以内に玄関にたどり着いた。急いでドアを開けて、いつもと匂いが違うヒロを迎え入れる。
「ほんとごめんね。あがって。」
特に匂いのことには触れなかったけれど、私の為かな?とか勝手に想像してしまう。
「誰もいないの?」
「仕事かも。」
寝坊したからどこに行ったなんか知らないけれど、仕事だろうと思う。
「マスク?どうしたの?風邪?」
三連続の疑問を投げかけられるが、寝坊した私を怒るどころか心配をしてくれている。なんていい人なのだろう。
「大丈夫。ってか、歯磨きしないとなぁ。」
ヒロは「あぁー。そういうこと。」と理解をしてくれて家に上がってきた。
なんだか胸から音が聞こえる。緊張なんかすること無いのに。そんな高揚した心を抑えて、寝坊したのは、ある意味幸運なのかもしれないとか考えてみる。
「部屋上がっといてね。あ、前と場所は変わってないから。」
以前来たのは、小学生の頃。そもそも家の間取りとか覚えているのかな、と思いつつも、なんだか試してみたくなった。だけど、言ってから後悔、布団を畳んでいないことを思い出す。まぁいいか。
階段を上がっていくヒロを途中まで見送って、洗面台に向かう。水でジャバジャバ顔を洗って、鏡を見た。
「なに、赤くなってー。」
独り言、いや鏡の自分に語りかけたから会話をしたことになる。聞こえてないよね。
いつもより入念の歯磨きを終え、ヒロの待つ部屋に向かう。階段を上がって左にある私の部屋にしっかりヒロはいた。忘れられていない、嬉しい。だけど、なんだかよそよそしいヒロにちょっぴりさみしさもある。
「どうして座ってないの。座りなよ。」
「あ、うん。失礼します。」
よそよそしいヒロの横に座りメイクセットを取り出す。
「スッピンでも気にならない。」
気を遣ってくれているのか、素直にうれしいけどそんな訳にはいかない。だって一番かわいく見られたいからね。
「あんまり見ないでよ。」と一応女の子らしいことを言っておく。
それを律儀に守るヒロになんだかしゅんっとしてしまう。滅多に見られない私のスッピンだよ。見なくてもいいの?
そんなことを考えていると、より一層メイクに気合いがはいる。それっぽくするために、あえてコットンに化粧水をたっぷりとつけて、顔になじませていく。そのあとは、デイクリームで水分を閉じ込めて、ぷるぷるとしたお肌に大変身。残りは、いつもと同じようにするが、少しだけいいファンデーションとリップを塗っておく。最後に唇を締めて、ぱっと開く。
「できた?」
「まだだよー。」
まだまだ時間はかかる。髪の毛のセットをしないと横を歩くのに値しない。セットと言ってもいつもはアイロンをあてているだけだけど、今日は違う。
毎日使うアイロンとは形の違う物を取り出しコンセントに挿そうとするが、とどかず床に倒れ込んだ。するとコードが勝手に伸びていく。起き上がって視線を前に送ると、ヒロの背中が見えた。
「ありがとう。」
こういうなにも言わずに何気ないことをしてくれるところが男のモテ要素だよね。さすがヒロくん。やるじゃないか。
「今日は巻くの?」
「見る前から知っていたら面白くないでしょう。だから出来てからのお楽しみ。」
焦らすようなことを言ったが、カールアイロンを温めている時点で丸わかりだということは黙ってくれている。
「さぁ、くるくるターイム。」
「いや、巻く気満々じゃないか。」
口が滑った。高揚しすぎだよ、私。だけど、くるくるとは言ってもそんなに巻かないけれどね。ゆるふわ、的なのを目指して頑張ろう。
ある程度巻き終わると、いたずら気質の真澄ちゃんが飛び出てきた。
「熱!」
「え、大丈夫?」
スマホを机において、勢いよく顔が近づいてくる。ヒロは私の髪の毛をめくって、耳を見てくれる。んー?と横から聞こえてくるが、もう少しだけお願いします。
「結構いったな。冷やそうか?」
あれ?思っていたのと違う展開。その赤いのは、やけどじゃないよ、ヒロ。
「ごめん、嘘だよ。」
「おい、なんだよー。心配したのが無駄だったよ。」
私は悪いやつだ。前にいるこわい顔をしたやつを見ろ。だけど謝るより今は顔の赤らみを消す方が優先だ。
「そんなことしていたら、バチ当たるよ。」
そんな脅しを食らって、本当にやけどをしないように注意しつつ、残りの髪の毛を巻ききった。
「はーい。かんせい。バチ当たらずに出来ました!」
案外うまく巻くことが出来た。やけどもしなかったし。バチなんか当たるはずが無いのだ。だって悪いことなんてしてないもん。あれ、朝、寝坊したか。
「似合っているよ。」
感情のあまりこもってない言い方。
似合っているよかぁ。かわいいとかいってほしかったなぁ。欲張りな私を封印して、そうでしょ、とあざとい顔で返事をする。そんなことをしていたら本当にバチが当たるかもしれない。
時計は、11時を少し回ったところ。うんそうだね。大遅刻。
「遅くなってごめんねー。ありがとう!さぁ、行こう!」
出発の合図をヒロに送り、彼を見るとなにかを見ているようだった。
その目線の先には、花を持った熊のぬいぐるみと手紙。あれは、うん。捨てるに捨てられないってやつ。
ヒロにはあまり知られたくなかったけど、置いていた自分が悪い。
まぁとにかく、早くヒロとのプリクラを探しに行かないと。実は、あれを今も持っていてくれたことが本当にうれしかった。理由はどうであれ捨てられていないことだけでもうれしいのだ。
もう一度彼に合図を送り今度こそ、出発することになった。
「言っておくけど、別にずっと持っていた訳じゃ無いからね。」
そんなことわかっているよ。わざわざ口に出すなんてまだまだ女心のわからないやつだなぁ。全人類の女の子が絶対一回は思ったことあるだろうということを考える。
「けど、私はうれしいよ。自分と撮ったのを捨てられてないって、誰でもうれしくない?」
感づかれない本当にギリギリのところを攻めた。
「そっか。そんな君は残してくれているの?」
そんなの、あたりまえ。聞くな、ばーか。今にも飛び出しそうな言葉を一部封印して、「ばーか」とだけ返しておいた。
馬鹿は君だよ、って言葉は左に流して、二人で玄関を出た。
なんだか、名残惜しい気持ちは何だろう。ヒロを意識し始めた頃から、家で二人きりっていうのは初めてだった。小学生以来、家の中にあげるなんて全然無かったし、中学生の時もあまり家には来なかったしね。
高校に入っても、こんなに仲良くしてくれるなんて思ってもいなかった。ダンスも中学まででやめるって言っていたのに、続けてくれているのもなぜなのだろう。
本当に楽しくなった?私と同じ魂が芽生えた?
そういうことだよね。だって、スタジオが変わっても続けるぐらいもんね。
もう私の付き添いでは無くなったってことか。なんか、私が始めるから僕もする、的な感じがうれしかったのになぁ。なんて、しょうが無いよね。ヒロも大人になる訳だし。いつまでも昔みたいな関係ではいられない。しょうが無い、本当にしょうが無いよね。
さぁ、こんな暗い気持ちは置いていって、まだまだ二人きりを楽しむぞ。ふふ。