my feeling, where you are
ただの大学生が書いた、ダンス小説です。ですが、初心者ながら想いを込めて書かせて頂いております。暖かい目でご覧頂ければ幸いです。
いま、新たな一歩を踏み出そうとしている。というか、踏み出した。
前方には大きな鏡があり、その半分くらいしか映っていないダンサー達。あんなに大きな鏡でこれから踊ることが出来るのかと興奮する彼女を横目に、明らかに前回まで通っていたスタジオとはレベルの違いを感じる。
ダンサーの顔つきが真剣さを物語っているが、僕たちとは全くといっていいほど、違う踊り方をしていた。ジャンルがどうこうという問題では無く、その後ろ姿からは執念とか信念とかそういうものを感じる。本来はこのような表現に使う言葉では無いけれども、他にこの時に感じたオーラを表現する言葉は無かった。
彼女は、どう感じているのだろうか。どんな思いなのだろうか。これから一緒にレベルアップしようね。とでも言ってくれたら、僕の緊張が少しは楽になれたのかもしれない。
※
「え、うま。なんで踊れんの?」
僕の思ったことを代弁するかのように、背の低い金髪の先生が右隣の子に話しかけている。
「前の見学でお母さんがビデオで撮ってくれていて。」
「おー。それでか!もうみんなの仲間入りや。」
隣の彼女はうれしそうに微笑んでいる。その微笑みからは、やってやったぞ!という自慢らしきものを感じた。
「それじゃあ、もう一回カウントでいってみよう!」
先生が聞いたことのあるカウントを始める。彼女から送られてきた動画で復習をしていた僕は、あ!あのカウント!と思ったが、僕は皆について行けずにいた。理由は、英語検定の受験の為に勉強に力を入れていたからだ。その甲斐あって、英検2級の筆記試験はうまくいった。
「君も踊れるように練習しておいてね。」
そう言われた僕を見て、隣の彼女がクスッと笑っている。
悔しい。
正直、やめたいと思った。両立は出来ないのか。小さい頃から英語とダンスはずっと続けてきた。間に空手をかじったり、陸上をしたり、バスケをしたりとたくさんしてきたが、どれも一年ほどでやめてしまった。だけど英語とダンスは違った。その二つを続けている一番の理由は、自分の夢に必要だからだ。以前、英語を疎かにしてしまったことを後悔したことがある。だから、今回の動画はしっかり視聴したし、練習もした。だけど、練習が足りなかったのか、みんなと振りが少し違っていた。それを恥と感じた僕の頭は、完全に踊ろうとする身体の機能を停止させてしまう。あの時とまた同じことをしてしまったのだ。
結局、やるべきことを決めなければならないのか。見学の時にもう同じことはしないと決心したはずなのに、自分の心は未熟なままだった。
土曜日の夜。こんなに嫌で悔しかった日は初めてだ。決心したものと、憧れていた夢はそう簡単では無かった。
※
「おはよう。」
周りにいた人は皆、僕と同じことを思っただろう。
「おはよう。今日もギリギリだな。」
彼女は最近、このようなことが増えた。
「寝坊したから送ってもらった。」
そっか。とだけ返したが、本当は心配だった。いつもは二人で早めに来て話が尽きないほど喋っているのに、それが全く無く寂しい気持ちもあった。だけど、寝坊したという割には寝癖一つ、ついていない。見た目は何があっても雑にはしないのが、彼女のモットーなのだと勝手に認識することにしていた。
「じゃあね。」
だけど、尚更今日は、彼女が冷たいように感じた。いつもなら少しだけでも相手をしてくれるのに。その思いを押し殺して、一組に入っていく彼女を目で追っていると、席に着く彼女の横に男の子が近づいて喋りかける。勝手なモットー認識はやめた方がいいのかもしれない。すぐにその光景から目を逸らして、二組に戻ることにした。
教室に入ると奥から僕の名前を呼ぶ低い声が聞こえる。
「おはよう、たこ。」
「おぉ、優。つか、たこってあだ名やめろよ。」
僕のことをたこ呼ばわりする嫌なやつは、中学からの親友の優樹だった。たこと呼ぶ理由は、恥ずかしい時に顔が赤くなるかららしい。たこに失礼だろ。
「たこさん、浮かない顔してどうした?なんかあったのか?」
図星をつかれて、あからさまな顔を向けてしまう。
「お前って本当にわかりやすい。」
唇を尖らしてたこの真似をする僕を見て、「はぁ」とため息をつかれる。
「ため息つくと幸せ逃げるよ。」
深刻な悩みにため息をつくなという意味合いを込めた。
「俺のため息でお前の幸せは逃げないだろ。なにがあったのさ。」
そんなに論破されると、渾身の嫌み言が消えてしまうだろうと心の中で思う。
そんなことはさておき、「それがさ」と話を始めようとした瞬間、うちの学校独自のチャイムが鳴る。何というタイミングだと声を揃える。金髪の先生とは違う、スーツに黒髪といういかにも学校の先生らしい男が入ってくる。
「さぁ、号令。」
若々しい声で学級委員に命令する男。なにも言わず、それに従う女の子。
「きりつー。」
やる気の声で皆に呼びかける。がちゃ、きー。という、不快音が耳に入るが、聞き慣れているからかそこまで気にならない。
いつも通り朝の挨拶をし、今日の日直が発表される。
「佐野。今日の日直よろしく。」
最悪だ、全くついてない。面倒くさい仕事を任され、つい「はぁ」とため息をついてしまった。さっき、優に言ったことを自分に言ってやるべきだ、とツッコミをいれる。ため息で逃げた幸せが誰かに届けばいいや。
気がつけば、先生が連絡事項などを口にしている。やばい、それを日誌に書き写さなければない試練が待っている。だがそんなものは、すこし乱暴に書いてやって、こんな日に日直に当たってしまった鬱憤を晴らした。
そんなこんなで学級委員の挨拶で朝の会が終わり、あらかじめ今日一日の教科担当の名前を日誌に書いていく。欠席者の名前などを書く欄もあるが、面倒くさいので空けておくことにした。
「今日一限目から体育かー。着替えに行こう。」
いつの間にか横にいた優に日誌を閉じられ時計を指さされる。針は、開始時間四分前をさしていてさすがに焦る。
「やば!早くいこう!」
優からの、こっちの台詞だ、というツッコミを聞き流しながら、一階の男子更衣室に向かった。もちろん一組を見る癖は封印して。これ以上気落ちしたくはないのだ。
なんとか遅刻せずに授業に出ることができた僕たちは、半袖のシャツをズボンにいれ、運動に励んだ。
男子の体育のメニューはサッカーボール。女子は、体育館でバレーボールらしいが、若干うらやましさを感じる。僕は、背が低いからリベロしか出来ないけど、正直コート内の中で一番大きく見えるのがリベロだと思う。存在感的な何かがコートのみんなに安心感を与えるのでそう感じるのかもしれない。
そんな中、サッカーでのポジションはなんともいえないところに位置付けていて、まるで石みたいになにもしていない僕にもやっとチャンスが回ってきた。
味方が、センターをドリブルで駆け上がるのを横目に、これはいけると確信した僕が、左サイドを上がっていく。
「宏也!いけ!」と、右の方からボールが転がってきて、うまくペナルティーエリア内に切り込めたが、首をふるとディフェンダーがすぐそこまで来ていた。このままでは、ディフェンダーとキーパーとで、シュートコースが狭まってしまう。
どうにか出来ないかと考える暇が無いので、適当にフェイントをかけてみる。ダンスで言うところでは、ニュージャック・スイングに近いところの足の動き。なんとそれが、見事に功を奏しディフェンダーを振り切ることに成功した。
後ろから聞こえる声援。キーパーと一対一になった僕は、右足を振り切って、ゴールの右端にボールを押し込んだ。
ゴールを決めた瞬間の爽快感は、たまらなく気持ちがよかった。後ろにいた仲間が近づいてきて、僕の初ゴールを祝福してくれている。本当に決められてよかった。
その後は特になにも起こらず、僕のゴールが決勝点となった。
今回の体育はそのまま終了し、ボールが顔に当たって鼻血が出るなどと言うハプニングは起こらずに終えることができた。前回みたいに、鼻にティッシュを詰め、教室に帰ることなどもうしたくない。だから、たこなんて言われるのだ。ボールを当てた高貴というやつに軽い憎悪を蒸し返しながら教室に戻った。
それから、僕と優はお互いに朝のことなど忘れ、いつもと変わらない学校生活を過ごした。
今日最後のチャイムがなり、学級委員の挨拶によって、やっと一日の課程が終了した。朝のことなど忘れている僕は、いつも一緒に帰っている真澄のことを一組の前で待つ。何という間抜けな姿。
周りとはどこか違う雰囲気を持っている彼女は、真澄だと陰でわかる。よく考えてみれば変態に間違えられてもしょうが無いだろう。
「遅いよー。早く帰ろう。」
恒例の決まり文句。もちろん彼女から返ってきた言葉は恒例の物では無いけど。
「今日、迎えやから。」
完全に忘れていた僕は、間抜けな顔をして笑いながら頭を掻いた。だけど本当は、また朝の気分が逆戻りしていた。
気持ちを隠すように「そうやったぁ。帰るね。」とまた笑って返し、その場を後にした。朝のため息の見返りがここでやってきたのかもしれない。
いつもの帰り道。一人となればまた違う雰囲気に見える。
歩道からいつもの車が見えた。窓から手を振っているのは、迎えを待つ彼女の母だ。
てっきりもう迎えが来ているものだと思っていた。
すぐに手を振りかえし、彼女の迎えが来るまで待ってあげなかったのを後悔した。
※
スタジオに流れる曲は、今日のために練習をしてきた曲とは違っていた。
マジかとは思ったがしょうが無い。ダンスの振り付けは先生の気まぐれで変わるのだ。
「今回のはちょっと難しいよ。スキルチェックの振り。」
自分の耳を疑った。二回目にしてスキルチェックの振り?マジか。マジかよ。何回も心の中でそう言った。スキルチェックとは、年に二回あり、個々のダンスの能力を測るテストのことで一定の基準を上回っていると上位クラスにいけるというものだ。
ふと隣が気になり横を見ると、余裕そうな顔をした奴が見える。マジか。また同じことを心の中で言う。
「宏也と真澄はここに来て初めてのスキルチェックだね。」
そうです。と口には出さずうなずいた。それにしても、この金髪先生スパルタすぎる。
先生は次々にチェック内容を口にして、その場で見本を見せてくれた。
すると、前にいるポニーテールをした女の子が動画を撮らせてくれと申し出て、それに続いたように私も!私も!と周りも連なる。
さすがにまだ二回目だ。僕も一緒になって言う資格は無い。というか言う勇気が無い。
そうだよな?と共感を求めようとまた隣を見ると、奴も「わたしも!」と周りにのっかり始めた。何という度胸。心臓に毛でも生えているのか。
「それじゃ、レッスン終わったらみんなで撮ろうか。」
皆からの申し出に対応しきれなかった先生がそう提案し、レッスンが再開される。
一回のレッスンは一時間半。残りは、45分。初めはストレッチや、アイソレーションをする。これからがダンスのレッスンらしい振りの練習だ。
曲が再開され、先生の金髪が上下に揺れ出す。ポニーテールも合わせて動き出し、周りもリズムを刻み始めた。
見様見真似で僕もノって見ることにしたが、思っているようにうまくいかない。やはりレベルが高い。だけども、右隣にいるストレートな髪を生やしたやつは、それをひょいひょいとやってのけている。今日は何回驚けばいいのだろうか。
真澄に圧倒されていると、特徴のある金髪先生の声で、自分の足が止まっていることに気がついた。
「宏也、ほら!ついてくる!」
背筋がぴんっと張り、さらに身体が重たくなったのと同時に、真澄と目が合う。
「あまり考えないでやってみたら?」
まさかアドバイスをくれるとは。だが僕は、何に対しても頭で細かく理解しようとしてしまう癖がある。空手をやっていた時も、右でパンチを打てば左足で蹴るなど、自分なりのパターンを作っていた。だから、考えないでやってみるということ自体、あまり理解できなかった。
首をかしげて、難しい顔を真澄に向けるとクスッと笑い返された。
「サッカーを思い出してみたら?」
僕はその言葉を少しだけ考えた。少し遅れてその言葉の意味を理解する。まじ?見ていたの、俺の神ゴールシーン!と調子に乗ってしまう。その興奮を抑えて、いわれた通りにしてみる。
身体の動きが周りと合っていく。髪の揺れを一定のリズムで額に感じた。
「あれ、できた!」
ついうれしくなって大きな声を出してしまった。頬が赤くなるのが自分でもわかった。
「たこさん。」
真澄はまたクスッと笑いながら学校でいじられているあだ名を結構な声量で言ってきた。すると、周りもそれにのって、たこさん、たこさん、オクトパス!などと言ってくる。恥を感じる弾でも被弾している様だった。顔の赤みが熱さに感じるほどになったとき、金髪先生が手をたたいて止めてくれた。
「はい!ほな、もう一回やってみるで。」
助かった。恥ずかしすぎて茹で上がる寸前だった。再開の合図とともに、早いリズムの音楽がスピーカーから流れ出した。鍋から半生状態で脱出した僕は、茹でられる寸前の時を思い出しリズムに乗ってみる。
髪が額に当たる感触が気持ちよく感じられ、人の曲と振りが自分の物のように踊ることが出来た。本当にダンスって楽しいとその時改めて感じた。ありがとう、真澄。
レッスンの後に、先生を一斉に撮るという撮影会を終えた僕たちは、同じ扉からスタジオのあるビルから出る。手を上げて別れの挨拶をしようとしたら、待っているはずの彼女の母がいないことに気がつく。
「あれ?今日、迎えは?」
「今日は、来られないって。送ってもらったのに帰りは電車ってなんかなぁー。」
「あらー。ドンマイ。」
僕は、真澄の真似をするようにクスッと笑ってやった。だけど、彼女は特に反応せず「一緒に帰ろうよ?」と誘ってくれた。
また鍋に放りかえされた。今回の鍋のお湯は熱湯では無かったけれど。
スタジオから駅までは徒歩5分ぐらいかかる。無言で歩く訳にはいかないので、顔の赤らみを消すために先ほどのことについて触れる。
「今日はありがとう。なんか新しいスタジオで緊張してさ。」
踊れなかった言い訳と共に、先ほどのアドバイスの感謝を伝えた。
「結構簡単だったけどなー。どうしたのだろうって思って。」
馬鹿にする口調でそう言われ、怒るべきことも思い出す。
「あ、そうだ。大阪でもたこ呼ばわりされるだろ。マジやめてくれよな。」
本当に恥ずかしくて踊っている時にでる汗とは、別の汗がでたぐらいだ。
「たこ焼きにされるかもね。」
彼女は、我ながら面白いことを言うだろう?というトーンで笑う。それに乗るように僕も自虐ネタを挟む。
「特製の汗から取った、出汁付きだよ。」
「それじゃあ、明石焼きになるね。」
二人で、きたねー!と笑いながら話し合った。
そんな話をしていると地下に繋がる階段が見えた。そこを降りると手が届きそうなほど低い天井がある駅に着いた。
「ヒロの背でも届きそうじゃない?」
「やかましいわ。誰の背が低いや。」
大阪らしいツッコミを入れ、ぴょんぴょんと跳ねて天井を触る彼女を見ながら、電車がくるホームに向かった。
運良く来ていた電車に乗り込み左右を見渡す。僕たちが降りる駅は隣県の終点駅。だが座れそうな椅子は見あたらなかったので、ドアの横で立つことにした。
「あぁー、座りたいなぁー。」
わがままを言う彼女を慰めるように、荷物を持ってやることにした。
「え、重い。何をいれたらこんなに重くなるの。」
僕は別に中身が気になったわけでは無く、単純に重たいということを強調したかっただけだったのだが、彼女は丁寧に説明を始める。
「えぇとねぇ。ダンスシューズとー、水とー、メイクセットでしょー、それと、薬と手帳と財布!」
予想していたほど多くは無かったが、重さはその量と比例しているようには思わなかった。女の子って大変だなと改めて考えさせられる。
「僕の持ってみ?」
「わぁ!かるーい!逆に何でこんなに軽くできるの?」
たいした理由が無かったので、彼女と同じように丁寧に名前を挙げてみた。
「ダンスシューズと財布とタオルぐらいかな。」
真澄はため息とは違う関心の「はぁ。」という声を出し、僕のカバンの中身をあさり始めた。
何かを見つけた彼女はそれを僕に差し出す。
「これなにー?」
にやつく彼女。焦って彼女の手から物を取り返す。怒ってそうした訳では無い。これまた恥ずかしいからだ。
「えへへー。だからなによーそれー。」
追い打ちをかけるように追求してくる。恥ずかしさを隠す為にとっさに出てきた言葉は、「カバンに入れていたの、忘れていただけだし。」だった。「ふーん」とだけ返ってきた返事にうなずいて話を切った。
右手に持った二人のプリクラ。僕はカバンに戻さず、ズボンの後ろポケットにスマホと一緒にしまい込んだ。
「右側のドアが開きます。」
車掌の声から、一分ほどで電車のドアが開き、焼き肉の匂いが車内に充満する。大半の人がここの駅で降りるので、席がポツポツと空き始めた。だけど運が悪く僕たちの周りは一席しか空かず、真澄に座るように言った。
「ありがと。」
感謝をされるとなんだか照れくさい。僕は、真澄の前に立ちつり革を持つ。
「何時に着くかな?」
「調べるね。ちょっと待って。」
スマホを取り出し到着予定時刻を検索する。日本の電車ってほんとにすごいなといつも感心する。ぴったりその時間に着くなんてプロ過ぎる。ありがとうございます鉄道会社様。なんて考えていると時間が出てきた。
「十時五分だって。もちろん夜のだけど。」
「朝だったら鉄道会社恨むよ。」
思ったより遅い時間だ。前に帰ったときは、一人だったので時間なんて気にしていなかった。まぁ、運良く駅からお互いの自宅までは方向が同じで、尚且つ同じバスの停留所だから心配する必要は無い。
それからは、なんでもない会話をしていた。真澄がうとうとし始めたので喋りかけるのをやめた。だってかわいい寝顔が見られるから。僕は完全に変態だ。こんなこと思っているなんてバレたら、『ゆでだこ』どころか『やきだこ』になるだろう。
電車の中に人が少なくなり、真澄の隣に腰掛ける。定番のシーンを期待していないなんて嘘はつけないけど、そんな期待は見事に車掌によって裏切られた。
「次はー終点、終点です。」
世の中そんなに甘くない。電車はしっかり十時五分に到着し感謝をしたいところだったが、もう少しだけ遅延してくれてもよかったのになんて呟いてみる。
「ん?なんかいった?」
いつの間にか起きていた真澄にそう言われ、話を逸らすために「寝過ぎだよ」と言っておく。
「さぁ、降りよう。」
うなずく寝起きの真澄を見て、胸がくすぐられる。
バス代をICカードにチャージして地下から地上へ出る。先ほどまでいた都会とはかなり違った栄え方をしている。旧都会とでも表現しておこう。
駅からバスに乗り込んだ僕たちは、お互いに心地のよい揺れに眠気を誘われ、停留所一個手前まで寝てしまっていた。慌てて彼女を起こし、ボタンを押したがる真澄がバスに止まるように命令した。
なんとか乗り過ごさず乗せてくれた運転手さんに感謝して、真澄に家まで送り届けようかと提案してみる。別にいいと言われたが、心配だという理由を使って、やっぱり送ることにした。本音はばれていないだろうから。
家までの帰り道は特に変わったことも無く、見慣れた景色を歩いて帰った。真澄の家に着いて、まだお母さんが帰っていないという家は真っ暗だった。シングルマザーというのは、本当に大変なのだろう。
「鍵はしっかり閉めて、早く寝なよ。」
過保護な台詞を残して、自分も家に帰ることにした。お互いに「またね」と手を振りあう。すらっと細くきれいな指が、僕が角を曲がるまで左右に揺れていたのが見えた。
明かりのついた我が家に到着した僕は、カバンを降ろし、ポケットに手を入れる。右、左、と確認するがどうしても無い。母はどうしたの?と心配をしてくれたが、事情は説明しなった。
ずっと大切にしていたプリクラ。彼女に落胆するスタンプを送ってみる。何のことか理解をしていない彼女は、母と同様どうしたの?と返してきた。
「>あるものを無くした。落としたのかも。」
プリクラと単刀直入には言え無かったが、物わかりのいい彼女は理解してくれた。
「>今度一緒に探そうよ。あんな薄いシール見つかるかわからないけどね。」
黄色い顔の大泣き顔文字と共に送られてきた返信は予想外だった。プリクラぐらいなんて言われると思ったが、一緒に探してくれるらしい。前に一緒撮ったプリクラをずっと持っているなんて気持ち悪いとか言われるとか勝手に想像していた。
「>あれはヒロにとって大切な物でしょう?」
「そうだよ。大切。」
そんなことを天井に呟く。彼女に聞こえただろうか。空白が入力欄に続く。
正直なことを簡単に伝えられたらいいのに。
「>えぇ。既読無視?冗談だよー。」
「>そうなのかもね。」
これは真剣に考えた一言。冷たいかもしれないけれど、精一杯の返事だった。
「>それじゃあ、明日十時に家に来てね。もちろん朝の。」
「>夜なら君を恨むかも。」
そんなこんなでLINEのやりとりをしてから、ナイトルーティーンをこなして最後の工程に入る。
「>おやすみ。」
彼女からの返信を確認し、明日のアラームをセットして目をつぶる。その日の夢は悪夢だったけど。
まだまだ続きます。