パパのおかげで悪役令嬢
「パパ、おかえりなさい」
帰宅すればいつも、愛する妻と愛しの娘が出迎えてくれる。
家ではパパなんて呼ばれていることを仕事場の連中が知ったら卒倒しそうだ。
「パパ、今日もお疲れさま」
妻が俺の上着を受け取りながら、労いの言葉をかけてくれる。
美人で賢くて料理上手で、本当に俺には勿体ないくらいの素敵な妻だ。
俺に脅されて仕方なく結婚したんじゃないかとあちこちで噂されているが、どちらかといえば妻が押せ押せだったんだぜ、とドヤ顔をしてみる。
妻が言うには、見た目と中身のギャップに萌えたということだ。
「パパ、あのね」
楽しそうに話しながら、娘が腕にしがみついてくる。
俺の娘は妻譲りの愛らしい顔立ちをしている。
それなのにどことなく俺の面影も感じられるのが不思議だ。
特に笑った顔が似ているとよく言われる。
俺に含まれる極微量のかわいらしさだけがうまいこと受け継がれたんだろうか。
そんな娘の口からとんでもない発言が飛び出した。
「私、悪役令嬢って呼ばれてるんだよ」
俺は固まった。
悪役令嬢というのは響き的にあまりいい意味を持たないのではないだろうか。
いやそれどころか、俺の経験上、悪い意味を持っていると断言できる。
それにそう呼ばれる原因はきっと俺のせいだ。
けれど娘の顔は嬉しそうで、なんならちょっと得意気にも見える。
妻の方を見てみれば、娘と同じようにニコニコと機嫌の良さそうな顔をしている。
どういうことだ?
首を傾げていると、娘が喜びを爆発させるような声で教えてくれた。
「この前のドラマでパパのちょっと間抜けな悪役っぷりがすっごくよかったって学校で評判になってるんだよ」
予想だにしなかったその答えに、俺はパチパチと瞬きを繰り返す。
俺は俳優をしている。
生まれつきの強面を活かして悪役をすることが多い。
売れない時期が長かったが、最近ようやく名前が知られるようになってきた。
「パパが悪役だから、悪役の娘ってことで悪役令嬢なんだよ」
あ、もちろん悪口じゃないよと娘が続ける。
「私嬉しいんだ。パパが悪役としてみんなに覚えられて」
「本当に。パパのお仕事が認められたのね。まあ、この前の役はあなたそのままだったけど」
妻と娘がそっくりな顔で俺を見つめる。
それから娘が俺に似た笑顔を見せて、言った。
「パパ、私を悪役令嬢にしてくれてありがとう」