26話 金色のドッグタグ
彼は興奮した面持ちでズイと身を乗り出した。
「答えろ。嘘だったら承知しないぞ」
言っている事とは裏腹に、期待の眼差しを向けてくる。正直なところ登場時とのギャップが激しすぎて、まったく状況が理解できない。
俺が戸惑って答えないのを見て、エザンはニヤニヤ笑いのまま彼の肩に手を掛けた。
「おいおい、神託者なわけねえだろ? カルムよお」
「黙れっ!」
その手は即座に振り払われた。
エザンや他の取り巻きは、なぜ拒絶されたのか分からずにポカンとしている。それは俺とエチェットも同じだった。場に一瞬の沈黙が訪れ、我に返ったらしいカルムは取り繕うように咳ばらいをし、ゆっくりと腕を組んだ。
「……帰っていいぞ」
おもむろに開かれた口から飛び出したのは、予想外の言葉だった。
どんな心境の変化なのかさっぱり分からないが、さっきの「帰れ」よりは命令的でないし、きっと何かを納得したんだろう。散々馬鹿にされたので謝礼がないのはスッキリしないけど、これが相手にとっての最大限の譲歩だと思って、無理やり飲み込むしかない。
今にも飛び掛かりそうなエチェットを何とか制しながら、俺は軽く頭を下げる。
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて失礼し」
「違う」
言葉の途中で遮られて、思わず顔を上げる。
彼は依然として落ち付きなく身体を揺らしてこちらを睨んでいた。いったい何なんだよ、何が違うんだよ。謝れってか?
俺までイライラし始めたその時、カルムの鋭い視線がエザンと取り巻きに移った。一同はぎょっとして背筋を伸ばす。
「帰っていいと言ったのは、お前らだ」
「……はっ?」
想定外のことに、エザン達は目を剥いた。
まさか自分たちに対しての発言だとは微塵も思っていなかったのだろう、口をポカンと開けている。
「だってお前、さっきまで一緒になってそのチビと嬢ちゃんを……」
「この子供が嘘を言っていないのだとしたら、俺がお前らの代わりに詫びよう。だからとっとと帰れ、邪魔だ」
……理不尽じゃないのか、それ。
呆気にとられた顔をしていたエザンだったが、無言で他の取り巻きに目配せをすると、通りをすごすごと歩きはじめた。
寂しげな背中が向かいにある酒場へと消えていく。ヤケ酒に違いない。
後に残されたカルムは、エザンたちを軽く見送ってからすぐに視線を戻した。
「邪魔者は消えた。俺の質問に答えろ」
「神託者だったら何なんだよ。人身売買でもするつもりか?」
少し嫌みを込めて言うと、カルムは眉間にシワを寄せて汚らわしいものでも見るかのような表情になった。
「俺がそんな人間に見えるのか?」
やたらしつこく絡んでくるから言ったんだよ――とは、口が裂けても言えない。
とりあえず誘拐目的ではなさそうだし、悪事に利用しようとしているわけでもなさそうなので、諦めて答えることにした。
「神託者だよ。賢者がそのー……色々あったみたいで、世間に告知されていない非公式みたいなやつだけど」
それを聞いたとたん、彼の表情がまたパアッと晴れやかになった。
あくまで口元は崩していないが、瞳が爛々と輝いていて分かりやすいほど表情に出ている。体もソワソワと落ちつきない。どうやら怒って身体を動かしていたんじゃなくて、早く答えが聞きたかっただけみたいだ。
もしかしてこの人、神託者が好き……なのか?
「ほ、本当か? 本当なのかっ?」
「本当だよ。と言っても証明出来るものは何も無いから、別に信じてくれなくても構わないけど」
投げやりにそう返すと、カルムは少しの間考え込むように黙り込み、やがて小さく頷いた。
「アンデッドを倒しに行くと言っていたな。俺が同行しよう」
「「えっ!?」」
思わぬ返しに、俺だけでなくエチェットまで驚きの声を上げる。
カルムは少し心外そうに目を細め、首から提げられたアクセサリーを摘んで掲げた。
「俺では不満か? これでもA-クラスの冒険者なんだが」
それは金色のプレートが付いたネックレスだった。
軍人が首から提げているドッグタグに似ている。遺体が損壊している場合でも個人が特定できるようにするための物で、冒険者にとってのコレも同じような意味があるのだろう。
彼はチェーンの留め具を慣れた手つきで外すと、俺に向けて差し出した。プレートには『カルム・エルリュート』という名と、『A-』のクラス、『無所属』の表記、下の方には小さくて丸い宝石のようなものが五つ付いている。
「この宝石は?」
問うと、カルムは少しばかり自慢げに胸を張ってみせた。
「高難易度クエストを達成した証だ。低い方から順に青がCランク、緑がBランク、赤がAランクとなっている」
彼のプレートに付いている宝石は、青が一つに緑が三つ、赤が一つ。
つまり高難易度クエストの中で一番難しいとされている依頼をひとつ達成しているということだ。これは手放すと、あとあと後悔するかもしれない。しかし性格に難がありそうなので即決は難しい。
ふと彼の背中にある剣に目がいく。
大剣とはいってもやや小振りで、普通の剣よりは少し大きいサイズだ。とはいえ振り回すには凶悪な代物であることに違いはない。あれだけ大きな剣でバッサリやられたら、ひとたまりもないだろう。
「使っている武器は、背中にある剣だよな?」
念のため訊いてみると、カルムはチェーンを留め直してからおもむろに背中に手を回し、音を立てて引き抜いた。
「そうだ。昔からずっと愛用している大切な物だ」
滑り止めが施された漆黒のグリップ。銀色の刀身は横よりも縦に長く、鍔の部分は装飾がなくシンプルで、持ち手に近い部分には龍のような刻印が施されている。控えめだが重厚さを感じる一品だ。
ずっと愛用しているというだけあって、使い込まれてはいるがよく手入れされていた。
「家宝である名剣だ。受け継いだ者が、代々名を付ける決まりになっている。俺が与えたこいつの名は『雨斬』だ」
「へえ、良い名前だな」
響きが和風っぽいし、何だか馴染みがあって安心する。
そう思っていたら、カルムは続けて小さく呟いた。
「俺の憧れである神託者が、契約獣に付けていた名前だ」
……なるほど。この人の神託者好きがどの程度のものか、これでハッキリした。
代々受け継がれてきた大切な家宝に、人の契約獣の名前を付けるぐらいには優先度が高いらしい。
剣を鞘に納め、カルムは改めて俺を見据えた。
「こちらのことは大体話した。まだ信用出来ないというのなら、生まれてから今に至るまで詳細に話すが」
「そこまでしなくていいよっ!」
ただでさえ足止めを食らったというのに、身の上話を聞かされていたら時間がいくらあっても足りない。
「分かった。一緒についてきてくれるか? カルム」
なかば諦め混じりに言うと、彼は顔をほころばせて大きく頷いた。
「ああ。お前の名が歴史に刻まれるよう、この剣をもって全力で手助けしよう」
その言葉は力強く、不覚にも「格好いい」とか思ってしまったが……それは黙っておこう。
ともあれ、こうして幼児神託者とフリーダム助手のパーティーに、神託者オタクの剣士・カルムが加わったのだった。