20話 あなたに、あげたくて
「ターナー?」
気になって呼び掛けると、彼は顔を上げてから、取り繕うように表情を明るくした。
「ああ、ごめん。ちょっと気になったことがあってね」
「気になったこと? なになに?」
フィリカが興味深げに覗き込む。ターナーはまた少し考え込んでから、おもむろに口を開いた。
「モルダットで起きたことと、クルスやサリアさんの件は……関係があるのかな、って」
目線がこちらに映る。問い掛けるような視線に、俺は静かにうなずきを返した。彼は少しだけ戸惑いをにじませた顔で、「そっか」と小さく呟きを零す。
「僕にとっての世界はもう、この町と、孤児院の中だけだったけど。……モルダットみたいに、壊されちゃうのかな」
「ターナー……」
寂しげな表情に、何か言わないとと口を開く。が、それよりも先に大声が響き渡った。
「壊されないよ! 大丈夫、ウェスティンがいるもんっ!」
フィリカだった。励ましの言葉だと分かっていても、彼女のように自信満々に「そうだ!」とは返せない。能力も使えない現状では、ただの虚勢だ。しかしフィリカは笑顔のままで、俺に向かって言ったのだった。
「あたし達にはウェスティンがいて、ウェスティンにはあたし達がいる。ね、完璧でしょ!」
大人として見れば、それは単なる子供の理屈だ。理論としては完全に破綻している。
それでも、すっと胸に入ってくるようだった。大丈夫だと、確かにそう思えた。
「うん。……大丈夫」
答えると、にひひ、と歯を剥きだした笑顔が返ってきた。エッカさんそっくりだ。
ターナーもそのやり取りに安心したのか、先ほどまでの不安そうな顔は消えていた。しかし何故か微笑みを浮かべてから、また何か考え事をする姿勢に入ってしまう。
「なあにターナー、まだなにか考えてるの?」
フィリカが多少呆れたように半眼になる。返事はなく、その代わりに返ってきたのは、独り言のような呟きだった。
「モルダットに召喚された化け物と、クルス達が同じものだとしたら……モルダットの化け物は、『元人間』だよね。てことは、彼らは何かに寄生されたか、罹患したかでああなった」
とても子供のものとは思えない思考力に、その場にいた全員が固唾を呑む。本当に末恐ろしい子だ、確実に俺よりも頭が良い。
「僕、気になっていたんだ。どうしてサリアさんをはじめ、ジースもロナも、頭をかじられて亡くなったのか。同じ場所に行って、化け物になってしまったクルスとの違いは一体なんなのか」
言われてみれば、確かにクルスは感染してゾンビになったというのに、サリアさん・ジース・ロナの三名だけ感染せず、そのまま死亡している。
地球を壊滅させたウイルスがもし変異していないのだとすれば、ゾンビの急所は変わらず『脳』のはずだ。脳を破壊されると、ゾンビは永遠に動かなくなる。これは前世での経験上間違いない。
ウイルスは人間の脳に潜伏する。つまり脳がすでに破壊されている状態だと、ゾンビに噛まれても感染しないのだ。
恐らく三人は脳が破壊されたため、ゾンビとして蘇ることが無かったのだろう。
そうなると、たまたま三人とも頭をかじられたからウイルス感染せずに済んだのか……もしくは三人とも俺みたく、自害した際に脳が壊れたのか。
後者はウイルスの特性を知らない以上考えにくいから、前者が濃厚だろう。
ふと前世で常に首から提げていたカプセルの存在を思い出し、胸に手をやる。
ウイルスをばら撒きやがったクソ親父の、唯一の遺品だった。他県にある親父名義の家に分かりやすく置かれていた茶封筒。その中にあの薬と、カプセル型のロケットが二つずつ入れられていた。
茶封筒には荒い筆跡で、こう書かれていた。
「ゾンビにやられそうになったら飲め。感染せずに死ねる」……と。
読んだ時は「コイツ、息子と妻の人生をめちゃくちゃにしておいて死ねって、どういう事だよ」と怒り心頭になり捨てようとしたのだが、母さんに言われて渋々身につけることになった。
それ以外の親父の荷物は放置したため、カプセルしか残っていない。
生きるのに必死で、一生使うまいと思っていたが……いざ運命の時を迎えてしまえば、使うしか無かった。あれのお陰でゾンビにならずに済んだが、自殺薬なんてものを開発するぐらいだったら、ウイルスを死滅させる薬でも作っておいて欲しかったのが正直なところだ。
親父のせいで俺、生まれ変わってもゾンビ退治させられてるんだぞ。
ゾンビライフ楽しんでないで、生まれ変わってワクチン作れ。バカ野郎。
「……ウェスティン?」
ハッと我に返る。
いけないいけない、クソ親父のことなんて考えている暇はないんだ。集中しないと。
「ご、ごめん。えっと……俺の考えでは、三人共たまたま頭をかじられたから、アンデッドにならなかったと思うんだけど」
「たまたま、なのかな」
ターナーはまた難しい顔になる。
「クルスに関しては、もう一つ疑問が残るんだよ。半年前、町に現れた彼が、どうして孤児院へ行こうとしていたのか」
「知ってたのか?」
「あの時はだいぶ騒ぎになったからね。それで、一体どうして彼の向かう先が孤児院だったのか」
無意識に唾を呑む。ゆっくりとこちらを見たターナーと視線が合った。
「それは――」
「ねえ」
急に声が割って入ってきて、俺を含む一同が驚きの顔で振り返る。そこに居たのはフェリアだった。安心したフィリカが相好を崩し、姉妹の肩をバンバンと叩く。
「なあんだ、フェリアかぁ。ビックリさせないでよ、エッカさんかと……」
「そのエッカさんが、帰ってきたから。報せておこうと思って」
「「えっ!!?」」
全員の動揺が声となって重なる。慌てて隠れる場所を探し始める俺とターナーとフィリカを、フェリアとエチェットさんは真顔で見つめていた。
「何してるの?」
まるで状況を理解していないフェリアがそんな問い掛けをしてきた。フィリカが間髪入れずに叫ぶ。
「こんな状況でウェスが孤児院を抜け出すなんて知ったら、エッカさん絶対止めるもん! あたし達も協力出来なくなっちゃう!」
「……そう。じゃあ、足止めしておくね」
あっけなくそう返して、フェリアは扉の奥へと身を引っ込めた。彼女は彼女なりに協力してくれるらしい。呆けたままだったフィリカは、喜色満面になり、扉の方へと駆けていった。
「さっすがあたしの姉妹! お姉ちゃん!」
「嫌。わたしは妹がいい」
まだその問題を引きずっていたのか。そんなやり取りの合間に、フィリカが振り返った。
「あたし達がエッカさんを何とかしておくから、ウェスはやる事やってきなよ。ね!」
「……わかった。頼んだぞ」
「任せなさい!」
頼もしい答えに背中を押され、俺はターナーと共にエチェットさんを連れ、教会の外へと駆け出した。
「森の方に行くと町人達が大勢いると思うから、反対側の道を通って近くの馬小屋に入ろう。あそこは最近引っ越したばかりで、空き家になってるから」
ターナーの案内通りに人目につかないルートを通り、こっそり馬小屋に侵入する。
だいぶボロいけど壁際に寄ってしゃがんでいれば見付かりにくく、藁がこんもりと盛られたままなので姿も隠せる。バッチリだ。
「ここ、良いな」
俺の呟きに、ターナーも嬉しそうに頷く。
「うん。秘密基地みたいでしょ」
「……家畜臭いです」
ただ一人、エチェットさんだけが眉間にしわを寄せていたが。
「隠れる必要あるんですか?」
「もちろん。世間に告知されてない以上、ウェスティンは言わば『非公式の神託者』と同じですからね。そんな人が退治するとか言っても、簡単に納得できないでしょう? ましてやエッカさんや神父様は僕らの親代わりですから、余計に止めようとすると思います。だから隠れて作戦会議しなきゃいけないんです」
「なるほど……分かりました」
エチェットさんはその答えに渋々納得した。さて、場所も確保されたことだし続きといこうか。
「で、さっきターナーが言いかけた『クルスが孤児院に行こうとしていた理由』っていうのは?」
ターナーはひとつ咳ばらいをしてから、身を寄せて俺を見据えた。
「ユエリスだよ。クルスはとても妹を可愛がっていて、常に気にかけていた。妹のために手作りのおもちゃをよく作っていたよ」
「へえ、優しいお兄ちゃんだったんだな」
ますます俺にクルスの代わりが務まるのか不安になってきた。偽のお兄ちゃんであることがバレて、いつか捨てられるんじゃないだろうか。
「うん、とても優しかったよ。一年前に森に行った時も、たぶんおもちゃを作る材料を取りに行ってたんじゃないのかな」
そうか。森に材料を取りに行った先でゾンビに遭遇し、噛まれて自分もゾンビになってしまったのか。
「だとすると、半年前に町に出てきたのは……ユエリスに、何かを渡そうとしていた……?」
「うん、多分ね」
ターナーはポケットからゴソゴソと何かを取り出し、手のひらを開いた。それは帽子を被った、丸っこくて大きなどんぐりだった。
「町に出てきたクルスが森に引き返していった際に、これを幾つか落としていったそうだよ。ユエリスは木のみや松ぼっくりが好きで、クルスもよくこれをおもちゃの材料に使っていた。その記憶がまだ残っているから、森の中で見付けたこれを、妹に届けに行こうとしたんじゃないかな」
思わず絶句した。大切な妹にプレゼントを届けに行こうとするわずかな自我がありながら、どうして自分の母親や兄姉を殺してしまったんだろう。それだけの自我があるなら、逃がそうとするんじゃないのか? どうして――……。
「どうして……ジースとロナを……」
思い出したように、視界がにじむ。
ターナーはそっと俺の背に手を添え、優しく撫でてくれた。




