上下の下
あの人は何を言っていました?
そう、アリアを聴く女、と言っていましたか。
ええ、あのときは驚いてしまって、思わす声を挙げてしまったのですけど、今となっては聞いた音が、本当にあったことなのか、自信がもてなくなっているのでございます。
先ほど、私の夢は河辺のお花畑と言いました。
植物図鑑にある花もありますし、図鑑には載ってない花もありました。色とりどりのたくさんの花が咲いているのです。それを私が花束にしたり、生けてみたり、首飾りにしたりと花と戯れるのですが、夢を見てすぐの、お花畑に着いたときは、全ての花が蕾みなんですの。
私がお花畑に立ちますと、手前から奥へさあっと花が開いていくのですが、そのときに…うまく言えないのですけど、、こう、胸が熱くなってときめくんですの。ええ、夢の中では都合のいいことに、いつまでもたっても年をとらず、子どもの時の私なんですの。
音ではないんですの。花の咲く喜びといいますか、力が私に伝わってきますの。
ええ、この夢を見るときは、いつもそうなんです。
それで私も嬉しくなってしまいまして、お花畑に入っていくんですの。
ところがですよ。
私が女学校に通っていたある日、あの女将も同級生なんですけど、二人で甘い物屋さんに行ってあんみつを食べていましたらね、何の前触れもなく、いきなり頭を叩かれた感じがしたんですの。驚いていますと、お花畑の花が咲いたときの感覚だと解ったんですの。
いきなりですからあの人が私をみて驚いているのも構わないで左右を見回してみますと、ラジオだったんですの。ラジオから流れていた曲が、夢の中で感じていたものと、ぴったりだったんです。
驚いているうちにその曲が終わってしまいまして、アナウンサーの方が曲の名前を言ったんですけど、英語の放送局だったので、なんだかの「アリア」ということしか聞き取れませんでした。もちろん演奏していた人が誰かも解りません。
曲の始まりの、何秒か続く音が、夢の中の花が咲くときと同じ感じを出していたんですの。
それは驚きましたよ。心配して声をかけてくれたあの人に、ぽつりぽつりと事情を話しましてね。嬉しいのか悲しいのか、よく解らない思いで胸がいっぱいになりましたよ。
それ以降夢の中で花が咲くときは、必ずそのときの音が聞こえるようになりました。
今でもそうです。でも、目が覚めているときは駄目でした。 あの人も面白がって、レコードを探してくれるのですが、どうも違うのです。何枚も何枚もレコードを聞きましたが、目が覚めているときには、もうそういったことは起きませんでした。どうやら曲が重要なのではなく、演奏をしていた方に秘密があるような気がするのですが、本当のところは解りません。ラジオ局がどこだったのか、何の番組だったのかも解らなかったのですから、仕方がありません。
そういったわけで、女将はこのことを知っているんですが、他の人には話そうにも意味のない話ですし、自分でも何故そんな夢を見るのかが解らないですし。
それでも貴方様が縁あってこの話を耳にし、私のところまでわざわざいらしてくださったのですから、何かしらの意味があるのでございましょう。
今は解りませんが、私には、それだけでじゅうぶんなのでございます。




