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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE1死を視る青年
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世界を照らすもの

 




 ――伸ばした手は空を掴んだ。


 そのあまりに現実的な感覚が蒼斗の意識を引き上げた。


「ぁ……?」


 鉛のように、重い身体。所々穴が開いたような鈍痛。


 ――やれやれ、傷口に粗塩を塗りたくられたような気分だ。


 あの時のことを忘れたことはなかった。

 侮蔑の含む少女の目と、憐れむような母親の目は蒼斗に無力さを思い知らせるのに十分だった。

 何の役にも、立てない――と。


「ん……」


 入り込む涼やかな空気の香りを捉え、蒼斗は瞼を震わせた。

 心地よい……とても穏やかな気分になれる。

 ふと目を開ければ真っ暗な視界が飛び込み、思わず息を呑んだ。

 自分が目隠しをされていると気づくのはすぐで、拘束をされていない手を目元に運ぶ。


「あ、ダメダメ! 取っちゃダメ!」

「え!?」


 遮るように蒼斗の手に重ねられた手。ひやりとした感触と突然の女――というより少女の声に仰天した。


「と、取るなってどういうことですか? そもそも、あなた誰ですか!?」

「まぁまぁ。それよりもそのアイマスクまだ取っちゃダメだからね」

「アイマスク!? これアイマスクなんですか?」

「このままアイマスク取ったら、目がイカれちゃうからね」

「そ、それってどういう意味ですか!?」

「そのままの意味。まだ太陽の光に慣れていないだろうから」


 太陽……?


 少女は蒼斗の視界を覆うアイマスクに触れる手を払いのけた。まだ触れてはいけないようだ。

 抵抗してもいいが、瞼とアイマスク越しに感じる外の気配に不安を抱いたのも正直なところ。

 太陽の光という言葉も気になる。警戒しつつ、大人しく従うことにした。

 陶器が小さく鳴る音を耳に入れながら、周りに意識を集中させる。

 ゆるゆるとした暖かな部屋、一定に刻まれる時計の針の音。

 服の擦れる音――畳の匂いもする。


「二日も眠ったままだったから、何か飲みます? といっても、インスタントコーヒーと水しかないけれど」

「あ、はい、じゃあ水を……」

「ん。じゃあ、私はコーヒーにしようかな」


 何て呟く声の後に隣で動き始める少女。気配から危険はひとまずなさそうだと思った蒼斗は、大人しくしていることにした。


「二日も……っ、僕は……確か黄泉橋から――」


 蘇るのは山奥を逃げ惑い、黄泉橋に追いつめられ……祥吾に撃たれた。

 あの冷徹な瞳が脳裏にこびりついて離れない。氷のように冷たい威圧的な態度に蒼斗は吐き気に襲われ、片手で口元を覆う。

 まさか、祥吾があんな顔をして殺意を向けてくるだなんて――。

 撃たれた胸部に手を運び、そこで蒼斗は己の触覚を疑った。


「傷が……ない?」


 ――確かに僕は撃たれて……?


 確実に胸部に受けた銃弾。ごっそり持っていかれる体温の恐怖は忘れられない。

 それなのに、触れたそこには傷一つすら残っていない。何度擦っても、同じことの繰り返し。


「傷は完治していますよ」

「え?」


 スプーンがビンに当たる音と、紙が擦れるような音。


「発見した時、あなたは確かに胸部と他の箇所を撃たれて瀕死の状態でした。でも、急所はほんの僅かですけど外れていました。はい、お水どうぞ。毒なんて入れていませんから」

「はあ。……あの祥吾が、外すなんて……」

「まぁ何にしろ、その小さなズレがあなたを生かしたことに変わりはないので、運が良かったですね」


 射撃の腕は蒼斗より優秀だった祥吾。

 あの距離から狙ったのならば、まず外すことは滅多にない。

 高確率の中、殺し切れなかったということは――と、蒼斗の中で小さな期待と否定する言葉が交差する。

 蒼斗は受け取った水の入ったグラスに口をつけ、数拍様子を窺ってから恐る恐る口に含んだ。

 ……彼女の言ったとおり、毒は今のところ入っていないようだ。

 警戒心が薄いと叱られてしまうかもしれない。

 しかし、死んでもおかしくなかった人間をわざわざ生かしてここで殺すような面倒なことはしないだろうという蒼斗の勘が働いていた。

 喉を伝い、胃に流れる冷たい感触が生きている、という感覚を実感させる。ここまで水が美味しいものだと思ったのは初めてといっても過言ではないだろう。


 ――それよりも気になることは、あの傷をあと一つ残さず完治させた方法だった。


 今のオリエンスの技術では指先で受けた感触からして高度な医療技術は考えられない。

 訊きたいことはたくさんあるのに、順序立てるキャパシティを持ち合わせていないため口を無駄に開閉させるだけに終わってしまう。やっと訊けたことと言えば――。


「あの、コレはどれくらいつけていれば……?」

「アイマスクは……もう少し、かな。本当ならアキちゃんに判断してもらいたいのだけど……」

「アキちゃん……? それは、誰ですか?」

「ここの家主よ」


 次いでポットにお湯を入れる機械音。微かに鼻をくすぐるコーヒーの香りがしたところで、少女は蒼斗にアイマスクを取る許可を出した。

 ゆっくり、と念を押されながら、言葉に従いそっと目を開けた。

 蒼斗は差し込む眩しさに、咄嗟に目を固く閉ざした。

 腕で庇うように光を遮り、恐れ半分興味半分の心でもう一度試す。

 瞬きを繰り返し、白く縁取られた視界に映ったのはまず、広い庭――ただの庭ではなく、ライトアップされた庭だ。


「うわぁ……」


 ……いや、厳密にいえば、庭だけでなく外の世界が輝いていた。

 ネオンの明かりとは遥かに違い、開放感に満ちた、長閑な雰囲気を醸し出していた。

 だが魅入られる景色も名残惜しく、慣れていない目の奥は悲鳴をあげ、反射的に目を固く瞑る。両掌を瞼に押し付け、ぐっと衝撃の緩和を促す。

 ライトの明かりとは遥かに威力が違った。この閃光にも似た衝撃に視覚は対応に時間を要した。少女の助言もあってか、幾分楽にはなった。


「だから言ったでしょう?」

「っ、この眩しさは一体……?」

「太陽の光よ。本物の、ね」

「本物?」

「あなた、オリエンスから来たんでしょう?」

「来た……? あの、どういう意味ですか?」

「言葉の通りだけど? あなたがカイリ点で倒れていたのを、私が拾ってここまで連れてきたんだよ」

「か、かいり……? 君は、一体……?」


 蒼斗は全く少女の言っていることが理解できなかった。唯一答えを導き出せたことは、少女が自分を助けてくれたということだけ。

 蒼斗はしげしげと少女を見た。窓から入る太陽の光で、艶を見せる蜂蜜色の長い髪を細長い指先で円を描くように遊ばせる。

 タータンチェックのプリーツスカート、ワイシャツにリボン。服装と顔立ちからして高校生だろう。

 ふとスカートから覗く白い太腿に目が向き、直ぐにかぶりを振って意識から除外。


「うーん、何処から話せばいいのかな? まず、私は――」


 首を傾げる少女の背後の襖が開いたことで、会話は中断された。


「気が付きましたか?」

「っ、近衛さん……!?」


 襖を開けて現れたのは洗面器を持った近衛だった。


「ど、どうしてここに近衛さんがここに……? もしかして、治安維持局の命令で僕を……っ」

「落ち着いてください。確かにあなたの捕獲の指示を受けていますが、私は治安維持局の命令では全く動いていません」


 忙しくなる心臓の鼓動。近衛が宥めるように声をかけても、一度走った緊張は簡単には戻らない。


「こちらはここの家主の妹の卯衣(うい)さんです」

「はじめまして、桐島蒼斗さん」

「あ、はじめまして……?」

「私が何故彼女といるのかというと、私は本来、()()()()で動いている人間だからです」

「こちら側……?」

「私の任務はあなたを――」


 そこで卯衣という少女の端末が鳴った。ことごとく話の腰を折られ、不快そうな卯衣は不安そうな蒼斗に笑みを向け、部屋の外に出た。「ちょっと失礼しますね」

 残された近衛は蒼斗を安心させるかのように口元に笑みをたたえ、洗面器に浸るタオルの水を絞る。


「卯衣さんは時間がかかると思いますので、もう少し休んでいたらどうですか? 熱も少しありますし、ここなら安全ですから」

「近衛さん! あの祥吾から連絡は何か……っ」

「桐島隊長? いえ、私は何も受けていませんが」

「そ、そうですか……っ」

「ひとまず、休んでください」

「でも、話がまだ……」

「今はあなたの体調が第一優先です。話はそれからでも大丈夫ですから」


 横になるよう促され、それに従う蒼斗。汗が滲む前髪を掬い上げ額にタオルを置かれ、ひんやりとした心地よさに眠気が浮上する。瞼が重い。


「近衛さん……」

「どうしました?」

「何だか、今日は凄く……優しい、ですね」

「私はいつも優しいですよ」


 何を言っているのですか、と近衛は困ったように眉を下げた。タオルの上から手を重ねられ、蒼斗はそのぬくもりにゆっくりと引きずられるように目を閉じた。

 しかし、蒼斗はそれに違和感を抱かずにはいられなかった。


 ――彼女だったら……自分が恋した彼女だったら、きっと……。


 愛おしい彼女の冷めた目を思い出しながら、蒼斗は再び、眠りに堕ちた。





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