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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE1死を視る青年
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邂逅





「ありがとうございましたぁ」


 気のない接客用語を背中に受け、蒼斗は小さなスーパーを出た。

 店のロゴが入ったビニール袋の中には、インスタントコーヒーのビンの他に、適当な惣菜が突っ込まれている。

 家を出てからまともな食事を摂った試しがなかった。『何か』をするということに辟易していることもあり、全てにおいてやる気をなくしていた。


 下らない地位権力争いに巻き込まれ、底辺から築き上げてきた信頼と居場所が無惨にも奪われた。

 心の強いものであればまた初めからやり直そうと努力を重ねることだろうが、己の存在に劣等感を持つ蒼斗は、保っていた糸がプツリと音を立てて切れてしまった。


 やはり、得体のしれないものに、安住の地は得られないのだろうか。



 ――カンカンカンカンッ!



「――っ!」


 けたたましい鐘の音が、一帯を沈黙に引き摺り込んだ。瞬く間にみなの血の気が失せ、大急ぎで一人の男が叫んで回った。


「また処刑が始まるぞ!」


 あぁ、またか。


 蒼斗は腹の中がふつふつと煮えくり返りそうになった。カサリ、とビンの入ったビニール袋が小さく鳴く。握り締められたことでシワをより深く刻む。


「今度は隣の地区だ!」

「心中を企てた一家が治安維持局に見つかったらしいぞ!」

「治安、維持局……」


 オリエンスの治安は、御影王の傘下に属する巨大組織治安維持局により取り締まられる。

 王の布く法に則り、王に背く者はみな全て裁かれる。中でも残酷なのが、公開処刑――斬首刑だ。

 今回の処刑は、どうやらすぐ近くの広場で行われるようだ。

 公開処刑ということで、周りの住人は見に行こうと足早に向かう。


 なんと滑稽なことか。人の死を出歯亀根性で出向くなど。明日は我が身の社会下で、よく足を運べるものだ。



 ――断頭台が、またここに出来上がってしまった。


 一体いくつ目の当たりにしたことだろうか?

 何度彼らの嘆きと苦しみを轟かせただろうか?



「この者たちは王に逆らい、与えられた責務を果たすことなく心中を図った!」


 一家は激務を強いられ、働いても減るどころか重なる一方の借金地獄に苛まれた。そしてついに耐え切れなくなり、全てに終止符を打とうと画策し……結果、警ら中の治安維持局に取り押さえられてしまった。


「お前たちの価値は王が決めるもの。王の赦しもなしに自ら命を絶とうとすることなどあってはならない! お前たちには生きる権利も、死ぬ権利も与えられていない!」


 断頭台の下で手錠をかけられ怯えきった一家。

 なんと卑劣極まりないことだろうか。生死の権利を剥奪されているこの世の中が蒼斗には憎らしく思える。


 ――もっとも、赦せないのは、その社会にどっぷりと浸かってしまって、目の前の現実から目を背けた自分自身だが。



 処刑場から離れる者は誰一人いない。

 目の前に突き付けられるであろう死に恐怖の情が滲むのは間違いない――しかし、同時に彼らは興味の他に憐みの目で一家を見つめていた。


 ――王に逆らうことをしなければ、敷かれたレールの上をただひたすら走っていればこんなことにならずに済んだのに。


 助けたい……彼らを、まだ若い彼らをあの鋭く研がれた斧から救ってあげたい。

 だが処刑人は桁違いに強い。それはもう、治安維持局の中の誰よりも強い。

 彼らは物理的に力が強い。到底蒼斗では敵うはずもない。それどころか非国民として処刑の対象とされてしまうだろう。

 助ける手段など、初めから何処にもないのだ。



 ――だから、処刑人が頭部を()()()()()()()時、何が起こったのかすぐに反応することができなかった。




「……え?」


 狙撃されたのだと気づく頃には、世界は急転回を始めていた。


「そこまでにしてもらおう」


 刹那、広場に設置されたスピーカーから流れる冷たい言葉が一帯を凍らせた。

 重ねるようにガシャンと金属音が広場に轟く。断頭台が綺麗に真二つに分かれ、鈍い音を立てながら崩壊したと認識する間もなく、事態は急変した。


「ッ、クロヘビだ!」


 長い御影の統一が続いていたとしても、オリエンスは完全に支配されたわけではない。


 政策と暴挙に反発し、己の自由を獲得しようとするものは少数派であるが存在している。


 中でも、オリエンスの軍事力に負けず劣らず、もしくはそれ以上の高度な技術を備えた戦闘員たちが揃う集団勢力は強大だった。

 彼らは何処からともなく出現し、非公式の政策の場にも襲撃をかける。


 先日の反王政集団一斉摘発及び処刑が行われた際にも、嵐のように乗り込んで処刑人全員を殺害した後、彼らを連れ去ったという話を耳にした。


 目的の為なら手段を選ばない。

 そんな彼らのことを、王政並びに治安維持局は、神たる王に仇をなし破壊と混乱をもたらす賊の意を込め『クロヘビ』と呼んでいる。


 特徴のヘルメットを被った黒武装集団が現れると、その内の一人が真っ先に処刑人へと銃を向けて発砲。銃声で悲鳴が上がり、広場は騒然とした。

 流れ作業のように残る者が一家を誘導し、奥に用意された車に乗り込んでいく。

 全てが迅速かつ正確――無駄のない、実に綿密に計画されたものだった。


 車を見送る形になり、我先にと逃げ去る雑踏の中、蒼斗は指一つ動かない変わり果てた処刑人を呆然と見つめていた。

 あれだけ人を非国民と罵って殺めて来た人間が、あっさりと死んだ――処刑する側が一転し、クロヘビ……彼らの正義により『処刑』されてしまった。


 なんと皮肉なことだろうか。

 ちらつく気配に顔をしかめると、視界の端に一点の視線を受けた。何となくそちらに顔を向けた。砂煙が巻き起こりシルエットのみしか、今は見えない。


 ――そして視界が晴れた時、世界が音を立てて止まったような錯覚を起こした。処刑人を処刑した『処刑人』が、()()()を見ていたのだ。

 ヘルメット越しで顔は見えない。しかし、彼は間違いなく蒼斗の姿を捉えていた。


 突き刺すような視線は、獲物を狩る肉食獣を連想させる。

 確実に、蒼斗を――蒼斗の存在を吟味していた。品定めと言ってもおかしくはない。

 関わってはいけないと頭の中で理解できていても、足は地面に吸い付いて離れない。



 ――逃げなくては……この場を一分一秒でも早く、消えなければ。



 握られた銃の引き金に指がかけられた。

 ――だが、それを察する前には既に発砲されていた。頬にチリ、と走る裂傷を代償に、紙一重で額の命中を回避。西部劇の早撃ちを連想させる。


 傷口から痛覚を脳に受け、けたたましく警報が鳴り叫ぶ――戦闘の、始まりだ!


 数多に注がれる銃弾を物陰に隠れてかわしながら、徐々に距離を縮めていく。

 彼の銃の腕は隙が見受けられないことから、相当戦闘に慣れていると伺える。弾切れ時に仕掛けようにも、もう一丁がしっかり蒼斗を捉えている。真っ向から行けば即死、このまま闘っても命の保証はない。どっちに転がっても嬉しくない状況だった。


「っ、何なんだよアイツ……軍にでも所属していたのか?」


 銃声が止み、死んだように静まり返った広場。次には踵を鳴らす音と、銃槍を装填する音がした。

 やけに重々しい音が耳に届き、サッと背筋が冷えた。これは、まさか――!

 蒼斗は盾に利用していた遊具から一目散に離れた。なりふり構っていられない。


 離れること数十メートル。蒼斗は頑丈に作られた遊具が木っ端微塵になる声を聞いた。衝撃波による強烈な追い風が背後から襲いかかり、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。


「し、信じられない……改造銃でここまでの威力が……」


 瓦礫と化した遊具の残骸。呆ける蒼斗はその場にへたり込んだ。今まで銃刀法違反の取締りで改造銃を幾度も見て来たが、ここまでよくできたものを見たのは初めてだった。


「……へぇ」


 銃身で肩をトントンと叩きながら、彼は笑ったような気がした。否、そうに違いない。新しい玩具を見つけたような、そんな歓喜にも似た声色。全身が粟立った。


 ――視界が開けた。


 その先に見えた彼は、悠然と立っていた。ゆっくりと銃弾を装填しているのを見ながら、またあの銃捌きが飛んでくるのかと身構えてしまう。

 果たして、あの銃弾についていけるのか? そもそも、このまま戦う方がいいのか、逃げ切った方がいいのか?


「……え?」


 そこで、目の前の光景が乱れ、ザザッと砂嵐が広がった――()()()のように。


 晴れた砂嵐の先に見えたのは、殺し損ねた処刑人の銃弾によって撃ち殺される彼の姿だった。

 ギョッと目を見張り大きく瞬きすれば、幻覚を見ていたのか、彼はまだその場に立ってこちらを見ている。

 まさか、と疑い半分で第三者の気配を探ると……倒れていたはずの処刑人が上体を起こし、持っていた銃の引き金に指をかけていた。銃口は彼に向けられている。


 ――何を思ったのか、自分でも理解できなかった。

 ただ……無心で彼の元へと腕を振り、大股で駆けていた。そして、大声で叫んだ。


「――危ない!!」


 蒼斗の意図が読めず、彼は銃を構える反応が遅れた。

 瓦礫の破片を処刑人に投げつけ注意を引き、地面を蹴り上げ彼の身体を突き飛ばす。処刑人の銃弾の軌道が外れ、衝撃で銃が暴発する。チリ、と焼けるような痛みが腕を掠めた時には、自分もろとも地面に転がり落ちる。


「っ、お前……」


 ヘルメットにこもる彼の声が耳に届く。


「!?」


 痛みに耐えていると、彼の腕が庇うように蒼斗の背に回ったような気がした。

 果たして、これほど度肝を抜かせることなどあるだろうか……?

 すぐ横で彼が引き金に指をかけて処刑人にとどめをさす発砲音がした。プロテクターが一面に広がって判断はできないが、彼の腕なら確実に仕留めたことだろう。


 ……そんなことを考えているのも束の間のこと。


 腹部に強烈な蹴り技が撃ち込まれた。完全に油断をしていた蒼斗はそのまま運動の法則に従って後方に吹っ飛ばされ地面に転がる。蹴られた箇所を中心にじわじわと蝕むような鈍痛が襲い、思わず噎せる。

 せっかく助けてあげたというのにこの仕打ちはなんだ!!

 不本意だが恩着せがましいことを思いついている蒼斗に次の行動に移す余裕を与えることなく、彼は持っていた銃をホルスターにしまい、別の銃一丁を抜き発砲。


「な――っ」


 反応できずにいた蒼斗はそのまま胸部に衝撃を受けた。

 血液循環を担う心臓を撃ち抜き、息が詰まる。蒼斗は肩で息をしながら顔を上げ、私怨の眼を放つ――刹那。


「は……っ!?」


 動悸がした。それも、強烈な。

 胸部を中心に血液、神経を流れるように痛みが体内を蝕む。乗り物に酔ったような不快感だ。中でも頭部、それも脳に与える衝撃は痛烈だった。抉るような痛みが脳内を暴れまわる。

 この苦悶から解放されたい――両手で無駄だと知りつつも頭を押さえ、地面に打ち付けのたうち回る。外からの痛みよりも内からの痛みが勝り、一心不乱に緩和の術を探った。



 ――忘れるんだ。



 耳鳴りのあとにやってきたのは『無』だった。痛みが臨界を超えたのか触覚、聴覚が遮断され、何かが壊れるような、そんな感覚だった。

 だから、さらりと鼓膜に入り込んできた声が一段と明確に聞こえた。


 ――また、あの声がする。



「うああああぁぁああぁ――ッ!?」


 身体が重い。地面に引き寄せられ吸い付くような感じだ。指一本さえも動かせない。

コツリ、コツリ。こちらに近づいてくる足音を鼓膜が捉え、胸が早鐘を打つ。ぞわりと背筋が冷えた。脂汗が目に沁みても気にしていられない。

 狭い視界の端に靴の爪先が見えた。

 ピリピリと感じる警戒、殺気が肌で痛いくらいに伝わり、間髪入れず足の甲が鳩尾付近に入る。

 あっと思った時には既に蒼斗の世界が一転し、汚い空に眩しい人工の光が降り注ぐ景色が広がる。


 ……そういえば、この空を仰いだのは初めてだったような気がする――なんて、場違いなことを思い浮かべながら力なく首を横に転がす。


 やがて蒼斗の顔に影が差し、光が遮断される。汗か涙か分からないぐちゃぐちゃになった目を開け、向けられる銃口を捉えた。その向こうにある彼の姿を見つめ、己の最期を悟った。


「……」


 ――ところが、蒼斗を待っていたのは頭部に撃ちこまれる銃弾の感覚ではなかった。ホルスターに銃をしまうと、彼は蒼斗の上着のポケットに手を伸ばし、物色し始めた。

 何を探しているのか定かではないが、彼は手を一度ピタリと止めると財布を掴み、あるものを指先に挟んで引っ張り出す――それは既に使用不可であろう()()()()()のID。前触れもなく辞表を提出し、桐島家を飛び出したためすっかり返し忘れていた。


 何故彼は一体、こんなものを……?


 何にしろ、天敵に治安維持局の情報が渡ってしまうことはどうしても避けたかった。

 手からこぼれるように財布を落とし、彼は内ポケットにIDをしまう。そして左手で十字を切って暫し蒼斗を見下ろすと、踵を返して視界から消えた。

 待てと呼び止めようと手を伸ばしても、当然彼に届くことはない。

 引きずり落されるような吐き気に抗えず、蒼斗はそのまま意識を手放した。





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