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人間は普通落ちこぼれ

「今日の成績最優秀者は、ショウ・アカツキ」

「よっしゃあ!」


名前を呼ばれた男子生徒が、大きく声を上げてガッツポーズをした。

その喜びように、周囲の人間たちもこぞって拍手をする。

まるで自分のことのように、周囲の彼らの顔には喜びがあった。

取り囲む人間たちの容姿は種々多様――龍人族もいれば、背中から羽を生やした魔人族もいる。頭上に輪を浮かべた誇り高い天人族も――その誰もがショウ・アカツキのことを称賛していた。


――本来、そんなことはありえない。

ありえないはずなのに、ショウ・アカツキはただその己の実力のみで、その場の全種族から羨望のまなざしを浴びていた。



「今日の不合格者は、カイト・ナグモ一人か」

そんなショウ・アカツキを、憧れの眼差しで見つめる少年が、教師に名前を呼ばれた。

誰も笑わない。

ただ、憐れんだ目でカイト・ナグモを見つめるのみである。

「カイト!」

――ショウ・アカツキ以外は。



ショウはカイト・ナグモのもとに駆け寄ると、疲れてしゃがみこんでいる彼の肩を軽くたたいた。

「俺も手伝うからさ、あきらめんなよ!」

「ありがと、ショウ」

「おうよ!」

ショウの笑顔に、励まされたカイトも弱弱しく笑みを返す。

疲労困憊のカイトの頭をポンポンとなでると、ショウは、

「じゃあ、俺先帰ってるから。また放課後な!」

「うん。またね、ショウ」


そうしてショウは、また彼を暖かく迎え入れてくれる仲間たちの元へと戻っていく。

一人、不合格を告げられたカイト・ナグモは――

「駄目だったかぁ……」

その背中が汚れることも気にせず、思いっきり寝転がった。

砂ぼこりが舞う。

砂が目に入って、瞳に涙が滲んだ。


「……カイト、大丈夫?」

ぼやけた視界の中で、彼に手を差し伸べる人影があった。

「大丈夫、ちょっと疲れてただけ」

「……そう。ならいいんだけど」

練習用骸装を持たない左手で、両目をごしごしとこする。

目の前の少女は、その仕草に気づかないふりをしてくれて、その気遣いが逆に心苦しい。

「サツキは?戻らないの?」

問われて、サツキ――サツキ・ヒイラギは、級友たちが去っていった入り口の方を振り返り、

「……カイトが戻るときに一緒に帰る」

とこともなげに言った。


照れくさいような、うれしいような、屈辱なような。

色々矛盾する気持ちを抱えながら、カイトはサツキから差し伸べられた手を取って立ち上がった。


「……カイトは、大丈夫だよ」

「ありがとう。僕も、頑張らなくちゃね」

言葉を選びながらも、しかし心底からそう信じているのだろう幼馴染の励ましに、カイトは苦笑で返す。

「帰ろっか」


――頑張っても頑張っても無理だ。そう言い出したい気持ちをぐっとこらえて、カイトはサツキを促して自分の教室に帰るために歩き出した。


前方では、ショウを取り囲んでクラスメイト達が、大きな声で談笑している。

その会話を遠巻きに眺めながら、サツキが呟いた。


「……もっと早く歩け」

「また口が悪くなってるよ……」

サツキもショウも同じ人間なのに、どうしてこうも違うのか。

ショウが社交的で他種族とも明るく付き合い、さらには人気者と呼べるくらいにまで交流を深めているのに対し、このサツキ・ヒイラギという少女はかなり寡黙で、あまり自分以外の人と話しているところを見たことがない。


カイト自身も、どちらかというとあまり社交的ではない。しかし彼の中ではサツキとショウを並べることこそすれ、自分を彼らと同列に語るつもりがなかったため、カイト自身のことは棚上げしていた。

「サツキも本当はあっち側なのに」

思っていることを呟くと、隣にいるサツキがカイトを睨んだ。

「……またそうやって自分だけ仲間はずれになろうとする」

頬を膨らませたサツキの表情に、思わずカイトはたじろいだ。


「……カイトのそういうところ、嫌い」

「ご、ごめん」

またやっちゃった、と思いつつも、仕方ないじゃないか、とも思う。


ショウは言うまでもなく、このサツキ・ヒイラギという少女も、人間たちの希望なのだ。

自分は、その希望に含まれていない。そのことを、カイトはよく理解していた。




――人間は弱い種族である。

――そのうえ醜い種族である。


「人間」は先の大戦で全世界を敵に回した。しかしその大戦を終結させたのもまた人間だった。

悪いことをしたのも人間だが、人間にはまだ見るべきものがあるのではないか。

そう考えた昔の人たちは、世界平和をうたい、世界中の全種族の若者たちを、一つの空間に集めることにした。

お互いの大事な未来の財産――若い人材――を互いに目のつくところに集めることで、相互監視とともに、互いの信頼構築の土台とした。

それがここ、世界中央ボロヌフ学園である。


全種族の英知が結集した技術で構築された学び舎は、大陸中央の大迷宮の上に建築されており、日夜生徒たちが学業と訓練に励んでいた。


天人族

魔人族

鬼人族

龍人族

人間族


この世界に生きるすべての5大種族が、この学校に通っている。


しかしその中でも特に、先の大戦の火種となった人間族は、ほかの全種族から疎まれていた。

それでも、対戦を終結させた功績から、一抹の恩情でもって、人間もこの学校での学びを許可されていた。



そこにきて、ショウ・アカツキとサツキ・ヒイラギの入学。

人間族始まって以来ともいえる二つの最高峰の才能の入学は、人間族だけではなく全種族の歓迎を持って迎え入れられた。

あまりの出来の良さに、人間にもかかわらずショウ・アカツキの周りにはいつも種族問わず人が絶えない。

加えてその性格である。


人間とは思えないカリスマを持つショウ・アカツキ一人の手によって、人間族の評価が覆ろうとしていた。

人間とは思えない実力を持つサツキ・ヒイラギの姿を見て、人間族に秘められた可能性を幻視する者が現れた。


彼ら二人に、先の大戦を終わらせた英雄の姿を重ね合わせる者もいた。


そこにおいて、このカイト・ナグモという人間は、悪い意味で人間らしかった。

何の才能も持たず、見出すべきところのない、ただの人間。


今日の講義も、さしたる成果があったわけではなく、教師に不合格の烙印を押される始末。

だが、それをみじめだと思うクラスメイトは、この学校にはいない。

人間とはすべてそういうものであり、ショウやサツキが特殊なのだ。

カイトはあくまで人間として、ごく普通の出来だった。


でも、それをわかっていても、カイトの心中には忸怩たる思いがあった。

自分以外の人間はかくも素晴らしいのに、なぜ僕だけが、と。


それを責める者は、この学び舎にはいない。

いなくとも、彼自身がそれを許せなかった。


彼ら三人は幼馴染だった。

人間として、世界で活躍するためにこの学び舎の門を叩いた同志たちだった。


それなのに、自分一人が落ちこぼれになっている現状に、カイトは焦っていた。


こうして気遣って接してくれるサツキの優しさすら、彼の焦燥を見抜いているようで、ちくちくと胸が痛んだ。



「――ずいぶんとしけた顔してるね、カイト」



声がした。


顔を上げるとそこには、夕焼けに溶けるような美しい赤色の髪の少女が居丈高に立っていた。

ショウたちを挟んで無人だったその空間に、突然現れた少女。

瞬きをしたらそこに立っていた。いつの間にか。


その出現にも驚いたが、カイトをもっと困惑させたのは、彼女が自分の名前を呼んだことである。

彼女は自分の名前を呼んだが、あいにくカイトは彼女のことを知らなかった。


「そんな顔で見ないでください。 私、一応同じ生徒です!」

傷ついた表情で両手を振る彼女の視線の先には、サツキが厳しい表情で自分の骸装を構えていた。


「……カイト、離れて」

サツキの声音は険しく、鋭い。

全身から、目の前の少女に対する警戒心があふれ出ていた。


促されたままに慌てて立ち上がり、声をかけてきた少女の姿を視界に収める。



――魔人族。

その立派な赤い髪と、口元から覗く犬歯、そして腰のあたりでふらふらと宙に漂うしっぽがが、彼女の種族を指し示す。


「……こいつ、強い……!」

カイトにはわからない。

目の前の赤髪の少女が、全身全霊で警戒しなければならないほどなのか、わからない。

なぜ自分の名前を知っているのかもわからない。



だから、


「会いたかった!」

次の瞬間、またも恐ろしい速さで移動して、自分の鼻先に出現した魔人族の少女の顔にも見覚えがなかったし、

その勢いのままに恐ろしい力でぎゅっと抱きしめられ、もつれるように地面にたたきつけられたあとも、しばらく頭がついていかなかった。


いきなり現れた魔人族に襲われた、と脳がようやく状況を理解したのちに、少女から告げられた言葉が、カイトの脳みそに追い打ちをかけた。



「――カイト! 会いたかったよ!」


見上げる少女の表情は、夕焼けの中でもはっきりと輝いて見えたが、


「ええと、ごめん、誰……?」

困惑の中でそう問うた言葉のせいで、少女の顔がみるみる陰ってゆくのを見て、カイトは少し申し訳ない気持ちになった。




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