クソ熱い夏の昼下がり無職のパパと映画「美女と野獣」を観てみた
絶対に見逃せないと思って録画した映画じゃないけど、かなり長い間、録画用HDの中に放置されていたその映画。ママがHDの中に録画された大量の番組の整理をしているときに、気まぐれにその映画の再生を開始して何処かへ行ってしまい、残された私とパパは、見るともなしにその映画を二人で見ていました。
クソ熱い夏の昼下がりのことでした。
「ああ、そうか、人間の女に化けた女鹿を殺したもんで、この王子さんが女鹿のパパに呪いかけられて野獣になった訳ね」
独り言なのか私に話しかけているのか、パパは取り込んだ洗濯物を無造作に放り投げながら言いました。洗濯物の仕分けはパパの大切な仕事でした。
「だけど女鹿のパパも甘過ぎるねぇ、野獣とか言っても見ようによっては精悍な感じがするし、無茶苦茶ケンカ強そうだし、呪いをかけるのならもっと違う、完璧に情けない姿にしてやらないと」
ママの伸び切った使い古しの下着の内外をひっくり返しながらパパは言いました。
「だいたい、野獣なのにビシッとフォーマルな服装をしてるのがおかしいね、野獣というからには動物園のヒヒみたいに、あそこ丸出しで、せわしなく手でそれをつまんだり、さすったりして、とても正視に堪えない仕草をしたりするものでしょう?」
パパはそう言いながらも仕分けの手を休めずに、目の前にパパ、ママ、私の三つの洗濯物の山を築いていきました。
「呪いをかけた女鹿のパパがこんなビシッとした服を野獣の為に用意しておいたわけじゃないよね、野獣はもともと王子さんだから、野獣にされて前も後ろも丸出しじゃぁ恰好つかないから自分でこの立派な服を必死で縫ったんだろうねぇ、その一生懸命な姿を思い浮かべると涙が出るよね、このお城には他に誰もいないんでしょう?」
パンツ一丁で床に座り込んで洗濯物をたたみながらそう言うパパのパンツの股の部分に穴があいていて、そこからパパの陰嚢が、このクソ暑さのためか、まるで液体のように床に溶け出していました。
「それにしても野獣にとっては、おっさんの身代わりに来たこの娘に着せるドレスの洗濯が大変よ、毎日 ドレス着替えるし、下着なんかも昔のことでステテコみたいにでっかいし、生理の時なんかは若い女は大変なことになるからサニパンみたいなの用意していないとねぇ、しかし、野獣がこれほどいろいろな面倒を見てくれているのに、この娘の態度はどうなの、ホント、えらそうにして」
パパはそう言うと、はみ出した陰嚢をぶら下げたまま台所へ行き食器を洗い始めました。これもパパの大切な仕事でした。
「ディナーもね、野獣とおっさんの身代わりに来た娘と二人きりなんだから色々なものを作る必要はないでしょう、シーチキンとご飯くらいで上等ですよ、だいたいあれほど豪華な食器に盛り付けたら、洗い物が大変よ、野獣のあの爪の長い手じゃぁ食器持てないし、スポンジもジョイも無いんだから!」
パパは少し興奮してしまったのか、そう言いながらガチャガチャと大きな音を立てて食器を洗いました。
「最後まで納得いかんなぁ」
いよいよクライマックスで、瀕死の野獣が、おっさんの身代わりに来た娘の愛の告白を受けて、元の王子の姿に戻ったところでパパは言いました。
「人間ノ容姿ナドニ囚ワレナイ真実ノ愛ガ呪イノチカラヲ打倒シタ。トイウコトデショウカ?」
テレビに向いてパパは無感情な調子で問いかけました。すでに画面は王子とおっさんの娘と、二人がその後授かったであろうかわいい男の子と女の子、それに昔野獣だった頃の王子に、バラの花を手折ったことで因縁をつけられ小便漏らすほどビビらされたことをすっかり忘れてしまっているかのようなおっさんが、幸せな暮らしをしているというラストシーンになりました。
「この娘が愛した野獣が元の金持ちの王子さんの姿になったからこの話はここでめでたく終わるけれど、もしも野獣が、38歳、独身、木工所勤務、2DKの市営住宅に老母と同居、趣味ドラクエ、手取り14万、軽自動車所有、程度の中途半端な人物で、頭が痒いわけでもないのに後頭部に手をあててペコペコしながら、ちゃーっす!とか言って娘の前に出てきたらどうするのかね? いったい」
憤慨したパパがそう言って大騒ぎしていると、エンドロールのところでママが戻って来ました。
「どうだった、美女と野獣、面白かった?」
ママがパパに尋ねました。
「サイコーだったよぉ、パパもママの真実の愛で王子に戻るかもよ」
そう言うパパの禿げ頭をママはタオルで丹念に拭いてキスをしました。
「うおー、王子に戻ったー!」
パパは何度もジャンプして王子に戻った喜びを表現しました。しかし、もともと王子ではないパパは、禿げ親父の姿のままで、パンツの穴から垂れ下がっている陰嚢がジャンプとともに、ただ哀しく上下するだけでした。
ひとしきり喜びを表現したパパは何事も無かったように、表情のない顔で夕飯の用意を始めました。