129 葛藤
中央大陸にある都市プティモは、本来魔族のみが暮らす街である。
ゆえに、五人もの人族が集まっているその光景は異色であるといえた。
周囲からの視線が自分たちに集まっているのを自覚しながらも、トモヤは目の前にいる者たちにここ数日の出来事を説明した。
「……夢前くん、ほんとはすごく強かったんだ」
「にしても∞って。ほとんど無敵ね」
「でも、それは魔王も同じ。よく勝てた」
ユイ、ミホ、リコの三人が次々と話を聞いた感想を口にする。
思ったより素直に信じてもらえたことに、トモヤは内心安堵する。
視線をわずかに横に逸らす。
そこには神妙な面持ちで無言を貫くユウの姿があった。
「でもでも、魔王を無力化できたのはよかったけど、帰る手段がないっていうのは納得いかないよっ」
「正確には、今は使用できないということね」
「どちらにせよ、元の世界には戻れない」
その点については、トモヤにも解決できるものではなかった。
彼女たちの目的はこの世界を危機から救うことだが、それ以上に元の世界に戻るためだったはずだ。
会話をするだけの余裕はあるものの、希望が潰えたことに少なからずの絶望は感じているはずだ。
トモヤはもう、元の世界に戻るつもりはない。
それでも彼女たちが戻りたいと願うならば、協力する必要があると考えている。
「その手段を使用できなくなってしまった原因については、俺の方からも調べてみるよ」
「本当に? だったら助かるよ。ねえ、優」
「…………」
「優?」
「あ、ああ、うん、そうだね。少しでも協力者は多い方がいいからね、ユイの言う通りだよ」
「……優」
普段とは違う様子のユウを見て、ユイは心配そうな表情を浮かべていた。
そこに関して、トモヤから何かを言ってやることはできない。
この後に別れたら、調査が進展するまで会うこともないだろうため、彼女たちに任せるしかない。
だが、ユウはそう思ってはいなかったらしい。
「……夢前、少しいいか」
「なんだ?」
話は終わり立ち上がろうとした矢先、ユウがそう呼びかけてくる。
彼は覚悟を込めた眼差しで、トモヤを見て言った。
「少しでいい、手合わせを願う」
別にその言葉に頷かなければならない理由も義務もなかっただろう。
しかし。
「ああ」
気が付くと、トモヤはそう答えていた。
場所を郊外に移す。
いるのはトモヤたち五人だけで、魔族たちの姿はない。
いるとしたら、たまに現れる魔物くらいだろう。
ユイたちが見守る中、トモヤとユウの二人は向き合っていた。
トモヤは素手のままで、ユウは黄金の剣を握りしめている。
合図はいらなかった。
両者は同時に大地を踏み、相手に向け駆ける。
「はあぁあああ!」
雄叫びと共に、ユウが剣を振るう。
洗練度合いはトモヤとは比べ物にならない。
彼自身のステータスも非常に優れている。
並の相手ならば、この一振りで簡単に倒していただろう。
けれどトモヤは違う。
言葉通り次元が違う。
躱さずともその攻撃を防ぐことはできるが、あえて敏捷ステータスを1億に高め回避する。
剣を振り切った後の無防備な左手首を掴み、そのまま強引に投げる。
ぐるりと、ユウの天と地がひっくり返る。
「ッ、まだだ!」
「――――」
が、それだけでは終わらなかった。
ユウは空中での不安定な体勢から、右手だけで剣を振るう。
鋭い一撃。回避は間に合わない。
だから、指を一本翳した。
それだけで剣の動きは止まる。
傷は一つとしてついていない。
そんな結末は予想していなかったであろう。
ユウは驚嘆に目を見開き、それをトモヤは隙と見た。
攻撃ステータスを高め、軽く押し出すように蹴りを浴びせる。
グンッっと、彼の体が一瞬で数百メートル飛んでいく。
勝負ありかと思った瞬間、彼の声は“背後から”聞こえた。
「喰らえ」
トモヤの予想を遥かに超える動き。
先ほどとは比べ物にならない。数百倍は速くなっている。
刃がトモヤの眼前に迫る。
けど、それでも意味はないのだ。
だってトモヤには。
並みの英雄では太刀打ちできない程のステータスが備わっているのだから。
「無駄だ」
そしてトモヤは“ゆっくりと”その腕を振り上げた――
結果など初めから分かっていた。
立ち尽くすトモヤと、大地に膝をつくユウ。
結局、ユウの実力ではただの一度もトモヤを危機に追いやることはできなかった。
ぜぇはぁと、息も絶え絶えにしながら、それでもユウは声をひねり出す。
「……君は、これからどうするんだ」
「元の世界に戻る方法を探すよ」
「それを見つけた後は」
「……こっちの世界に残るよ。かけがえのない大切なものを見つけたから」
「っ」
一瞬、その瞳に怒りが浮かんだ気がした。
かつての少女の記憶が蘇ったのだろうか。
けれどユウになんと思われようとも、もう決めたのだ。
この決意を変えるつもりはない。
ふっと、ユウの瞳から怒りが消える。
「そうか。いつだって、君は僕の先を行くんだな」
「……九重」
「あの日から、今この瞬間まで、僕はずっと君に劣等感を抱き続けている。僕はまだ本当に大切なものを見つけられてなんかいない。見つけられたとしても、それを守れるだけの力もない」
「……」
「――けど、それがなんだ。そんなことが歩みを止める理由になってなるものか」
ぐっと、力強く大地を踏みしめ彼は起き上がり、トモヤに向け一歩一歩近づいてくる。
その瞳には確かな決意が込められていた。
「聞け、夢前。今はまだ僕は君には敵わない。けど、それは今だけだ。どう足掻いてでも、僕はいずれ君を超える! 必ずだ!」
「……っ」
どうしてだろうか。
こんな敵意丸出しの言葉なのに、ようやく数年ぶりに優と会話をした気がした。
今さらかつての仲に戻れるとも思わない。それでも、確かに彼もまた智也にとって大切な存在だった。
だから、応える言葉は決まっている。
優が横を通り過ぎた瞬間、智也は彼の背に向け告げる。
「やってみろよ、優。今度はもう逃げねぇから」
「当然だ、智也。その時は必ず君に勝つ」
それ以上、言葉は不要だった。
心には表現できないような満足感だけがあった。
「ええっと、私たちはこれをどんな気持ちで見ればいいんだろ?」
「男同士の友情、いえこれは……はっ、閃いたわ!」
「急にどうしたの?」
「「…………」」
いや、もしかしたら。
多少の羞恥心はあったかもしれない。




