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かたるひと  作者: 紅葉
8/12

「みなさんこんにちは」


 眼鏡を掛けた推定六十代……のおばちゃんが、水曜日にあの男の人が座っていたスツールに腰かけた。このスツールはどうやらおはなしをする人の定位置のようだ。

 おばちゃんは子どもたちが愛しいと言わんばかりの笑顔で、幼稚園の先生のようにちょっと大げさともいえる動きで挨拶をした。

 子どもたちは素直に「こんにちは」と返している。うん、このノリは園児になった気分で「こんにちは~」と言いたくなる気持ちがわかる。


 私といえば、「なんだ今日はあの人じゃないのか」と少し残念な気持ちにもなっていた。


「元気な人ー?」


 と、おばちゃんが言えば、はーい、と数人が手を挙げる。


「じゃあ、元気じゃない人ー?」


 また、数人がはーいと手を挙げていた。


「えー、どうしたの? 風邪引いてるの?」


 元気じゃないと手を挙げた男の子は、おばちゃんに体調を聞かれて照れまくったように首をくねらせる。けれども彼が本当に体調が悪いのか確認するわけでもなく、おばちゃんは続ける。まあ、本当に体調が悪ければ図書館には来ないだろうし。


「それじゃ、元気な人も元気じゃない人もおはなし会を始めます。最初のおはなしは『大工と鬼六』大工って何する人か分かる?」

「わかるー」

「おうちつくるひと」


 さざなみのように小さな声で子どもたちが返す。おばちゃんは嬉しそうににっこり笑った。


「そうそう。おうちとか橋とか作る仕事の人ですね」


 そしてやはりひとつ息を吸う。おはなし室の空気が少し変わったような気がした。子どもたちの目が、耳が、意識がこれから『大工と鬼六』を語り始めようとしているおばちゃんに集中する。そして、耳を澄ませておはなしの世界の入り口で、これから始まる物語を待っているのは私も同じだ。


「むかしあるところに、たいへん流れのはやい大きな川がありました。ーーーー」


 村の人たちは、その流れのはやい川に橋をかけるが、何度と流されてしまう。困った村の人たちは、腕利きの大工に橋をかけてもらうことにする。


 大工は引き受けたものの心配になって川を見ていると、川面にあわがブクブクと浮かび、鬼が現れるのだ。


 鬼はこの流れのはやい川に橋をかけられるのは自分だけだと言い、大工に目玉と引き換えに橋をかけてやろうともちかける。

 大工は鬼に橋がかけられるわけがないと頼むのだが、橋は日に日に出来上がっていく。


 橋ができあがると、鬼は大工に約束どおり目玉をよこせという。大工はそれだけは勘弁してくれと懇願し、鬼は三日のうちに名前を言い当てられたら目玉は諦めると約束する。

 だが、大工がいくら考えても鬼の名前はわからない。

 大工があてもなく歩き回っていると、子どもの歌声が聴こえてきて、大工はひらめく。


「お前の名前は、権助だ。……そうじゃない、はっはっはー。鬼の名前は言い当てられるものではないのだ」


 子どもたちも私も鬼の名前は知っている。大工がわざと違う名前をいい、鬼がいい気になっているようすを聞いて、鬼が本当の名前を言い当てられたらどうするだろうと楽しみになる。

 三度めに「鬼六だ!」と、大きい声で言ったわけでもないのに、大工が叫んだように聞こえた。


 鬼はぷかりと消えてしまう。


 子どもの頃、絵本で読んでもらった覚えのある話だが、絵が無くても、頭の中に大工と川面から顔を出す大きな鬼、そして立派な橋のイメージが浮かんだ。


 名前をきちんと言い当てられ、目玉をとられなくて良かったと胸を撫で下ろす子どもたち。

 私も一緒になって安堵の息を吐いたのだった。






 





 

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