[98]
間違いなく目の前にいるのは、エマ・ウィンターズだった。
相棒である筈の篠塚夏彦を伴わず一人で現れたエマ。
その彼女もまたまっすぐにさやかの事を見つめていた。
バラクラバで顔を覆っていても自分が誰なのかを彼女は、もう分かっているのだろう。
さやかは、戦闘帽のバイザーを上げると、顔を覆っていたバラクラバをそっと下ろした。
「誉先輩……」
「ウィンターズさん……」
こんな時でも、エマの声は変わらなかった。
控え目ながらも凛としていてほのかな温かみを帯びたエマの声。
その声が自分の名前を呼んでいた。
ほんの数日前、ウサギを一緒に抱いて微笑み合い、心を交わした事が遠い昔のことのように思える。
でも、そのほんの数日の間で、二人の関係はこんなにも変わってしまったのだ。
込み上げて来る感情を懸命に押し殺してさやかは、規定通りに彼女へ問い掛けた。
「投降して、ウィンターズさん。今、投降してくれれば危害を加えないで済むわ」
「………………」
「ウィンターズさん……」
無言のエマにさやかは、重ねて問い掛けた。
エマは、目を閉じて俯いたが、一呼吸置いてすぐに顔を上げ、静かに言った。
「あなたなら、そう言われて投降しますか――」
――さやか先輩?
「え?」
「あなたの事を……さやか先輩って呼んでみたかった……」
と、エマがゆっくりと身構えた。
さやかも半歩右足を引き、そっと身構える。
「投降する気は、無いってことね? エマ……」
「…………さやか先輩」
「もう……遅い……よ。私もエマも……」
「生まれて来る時代を……間違えちゃいましたね、私達……」
「うん……。そうだね……」
「戦前なら……私達……」
「うん……名前で呼び合って……一緒にご飯食べたり、遊んだり……普通の高校生でいられたのかもね」
「さやか先輩……でも、一回だけだけど……一緒に……一緒にお昼食べたじゃないですか……」
「そうだね……」
見つめ合う二人の瞳から涙が一筋頬を伝った。
「でも、私、後悔はしてません。私は私なりに今まで十分にしあわせでしたから」
「…………」
「私には――」
夏彦と夏音ちゃん、それにみんながいてくれたから!
そう叫ぶと同時にエマがその能力を開放した。
先ほどとは、比べ物にはならない大出力。
迫りくる閃光が、全てを凪ぎ払っていく。
(くっ!)
さやかは、すかさず『絶対防護』を展開。
と、同時に――
迷うことなく一足飛びに跳躍した。
だが、まさにその一瞬の後、
かっ!
と、拳が噛みあう音がして、二人は互いにすれ違い、再び間合いを測った。
彼女が前に飛び込んだのと同じようにエマもまた前に、さやかに向って突進していたのだ。
さやかの額から汗が一筋滑り落ちる。
なるほど、一般部隊よりも強力な装備を持ち、練度も高い特務小隊が成す術も無く破れ去った筈である。迷うことなく前に出ようとするその発想は、彼女が並みの戦術生体兵器では無い事のあらわれだ。
さやかは、再び身構えながら脳裏を過ぎった不安に密かに身震いする。
(ウィンターズさんは……エマは――)
資料で見ていたよりも、
情報部が精緻な分析で解析したシュミレーションで予想したよりも、
(――強い!)




