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白々と窓の外が明るくなって来た。
さやかは、背中の方に落ちかかった毛布を引き寄せ、隣で彼女の肩に寄り掛かって眠る『さくら』に ――いや、櫻子の体を覆う部分を改めて掛け直してやった。
(さくらちゃんの本当の名前……)
窓の外を眺めつつさやかは、彼女の本当の名前を反芻する。
藤村櫻子
あの後夜を徹して二人で色々な話をした。
まずは、櫻子が話してくれた。
櫻子が、戦略生体兵器になったいきさつとその際に捨てさせられた本当の名前のこと。
物心つく前に両親が離婚し、戦前は母親と二人広島で暮らしていた事。
父親は、どうも海軍にいたらしいのだが、母親も親戚の人たちもその話題を避けていた事。
その母や親戚、友人知人は、先の大戦で広島が占領されてから行方が分からなくなっている事。
最後の作戦の後、戦場掃除のパシフィック・サーバントの部隊に拾われてこの施設に収容されたこと。
その際に彼女の身の上に同情した親切な医官が、上層部に内緒で声帯の復元手術をしてくれたこと。
そして、身の施し方を教えてくれた上で餞別代りにあの声帯制動帯をくれたこと。
その後の三年間をこの部屋で過ごした事。
さやかが、生徒隊長になったのをパシフィック・サーバントの社内報で知ってから、実はずっと気になっていたこと。
そして、次にさやかが話した。
交通事故で両親と体の自由を失い、全身に装具を埋め込んだこと。
その後に入学した北葉女学院の中等部で味わった悲しい日々のこと。
それ以上、北葉にいるのが嫌で中央軍事学院を志したこと。
その際に、さやかの進路に反対する育ての親である叔父と叔母、それに長年仕えて家族同然の存在になっている執事を説得するのが大変だったこと。
だけど、その三人の事が大好きなこと。
入学後すぐに受けた健康診断で担当したパシフィック・サーバントの医官から『全身総機械化』への転換手術を勧められたこと。
それから、
一番話したかったことを話した――園田あかり大尉こと、誉あかりのことを。
櫻子の担任、学校での教師としてのあかり。
さやかの姉、一人の家族としてのあかり。
櫻子が軍で再開した時の軍人としてのあかり。
二人は、互いの記憶を埋め合わせるかのように、想いを通わせ、言葉を紡ぎ、相手の言葉に耳を傾け ――ひたすらに一人の人の事を想った。
今は亡き一人の人の事を祈った。
(お姉ちゃん……。私も櫻子ちゃんも、お姉ちゃんの事が大好きだよ。それに……)
さやかは、段々と明るくなって来た青い空の彼方を見て、互いに敵味方の存在になってしまった少年と少女の事を思った。
(篠塚くんもウィンターズさんも、お姉ちゃんの事が大好きで、あの二人はお姉ちゃんの遺志を継ごうとして……)
継ごうとして――
(パシフィック・サーバント、否、私と戦ってるんだよ)
ウィンターズさん……。
篠塚くん……。
(…………………………)
櫻子を起こさないようそっとため息を吐いてさやかは目を閉じた。
いくらか眠ってはいたが、まだ時間は十分すぎるほどある。
もうちょっと、睡眠を摂っておいた方が……。
………………。
『――――――!!』
突然のけたたましい警報音で、さやかは跳ね起きた。
隣で目を擦る櫻子に「大丈夫だよ」と一声掛けてから、さやかは部屋の隅の通信端末に向った。
が、そこに向う前に自身の網膜投影式ブラウザが自動で起動した。
「襲撃?」
(まさか……)
もちろん、相手が誰なのか予測が付かない訳ではない。
そのためにさやかは、ここで護衛を務めていたのだ。だから、襲撃そのものに関しては、なんら驚くには値しない。
だが――一つだけ重大な事が予測と外れていた。
予測より襲撃者の人数が少なかったのだ。
網膜投影式ブラウザに記載された襲撃者の名前は一人だけだった。
「敵戦力:第一級戦術生体兵器『精霊女王』エマ・ウィンターズ」




