[93]
「夏彦よ」
「夏彦くんだよ」
ええ~、と戸惑うほのかの前で二人は、クスリと笑った。
「大泣きだったわね」
「うん。夏音さんが、バイバイって言った途端に、ぼろぼろ涙流して……」
「そう。あの後もバスの中でずっと泣いていたわ……私もまたつられて泣き出しちゃうぐらい」
「夏彦くんらしいね……」
「ええ。夏彦らしいわ」
うっすらと瞳に涙を浮かべたエマに対して夏音も少し俯き加減に頷いた。
そして、
そのすぐ後だったね……と、目の前のコンクリートの床をそっと指の先で撫でた。
夏音の頬を涙が一筋流れ落ちて行った。
「大阪攻防戦が始まったのは……」
「そう。大阪に戻ってすぐに、私達の部隊は前線へ動員されて……」
「その時の戦いで、お友達や隊長さんが亡くなって……」
「夏彦は、心を病んで……笑う事も泣く事も無くなった……」
そう言って夏音とエマの二人はしばし黙り込んだ。
電気ストーブに照らされたそんな二人のシルエットを眺めつつほのかは、胸に手を当てそっとひとり頷いた。
「そうだったんですね」
ようやく腑に落ちた。
それと同時に、ほのかは胸の中に満ちて来る暖かな気持ちに切ないほどの感傷を覚えた。
個性的で、やはりどこか風変わりな事情を抱えた二人。
互いを認め合い、同じ一人の男の子を好きになった二人。
誰よりも暖かで、人間的な二人。
そして、ほのかのそんな二人に対する気持ちは、これまでその胸に抱いていたもの以上のものへと変化していた。
好ましいから愛おしいへ。
だが、それだけでは無い。
ほのかは、エマと夏音に頭を下げた。
「ありがとうございました。とってもいいお話でした」
「いいえ。こんな話でよかったかしら。少なくとも、子守唄の代わりにはなったかしら?」
「とんでもない。皆さんにそんな事があったなんて、驚いたり納得したりです」
それに――
すぅ……。
と、息を大きく吸い込んでほのかは、二人に向って言った。
「私も、お二人ともっともっと仲良くなりたいと思いました。お話にあったみたいに、一緒にいろんな事をしてみたいです。戦いだけじゃ無くて、お祭りに行ったり、どこかへ遊びに行ったりしてみたいです」
エマ先輩。
夏音ちゃん。
「私も、お二人と友達になりたいです。それに、さくらさんとも……夏彦先輩ともアレクセイさんとも。この戦いが、終わったら……この戦いが終わって、さくらさんが自由になれたら、みんなで――」
ほのかの言葉に二人は、力強く頷いた。
「ええ! みんなで一緒に」
「うん! みんなで一緒に」
寝袋から控え目に出ていたほのかの手をエマと夏音が、きゅっ、握って声を合わせた。
ほのかの手を包み込む二人の手がとても暖かかった。
込み上げて来る想いに胸がいっぱいになりながら、俯きそうになりそうな自分をなんとか鼓舞して、ほのかは絞り出すように応えた。
「はい……約束です……」
ほのかの瞳から涙がこぼれ落ちた。
ほのかの頬を伝う涙を指で拭ってやりながら、エマはそっと囁いた。
「大丈夫よ、ほのか。確かに夏彦の『音速斬撃』は、まだ撃てるようになってはいないけど……。でも必ず上手くいくわ。だって、夏彦には――」
――私がいるわ。




