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『……夏彦くんは来ない?』
『そう』
『絶対に?』
『ええ。ほら、私の携帯端末見て。先任伍長が間違えて配布したの、名前の所が篠塚夏彦になっているでしょう? これだから、旧式の端末はイヤよね。普通なら本人と違うから、乗る時にキャンセルされる筈なのに……。ホント、陸軍は貧乏で――』
うわーん。
気が付いたら女の子が目の前で声を上げて泣いていたわ。
その時、私もやっと気が付いた。
目の前の女の子、夏音ちゃんが、どれだけ夏彦に会うのを楽しみにしていたかって事に。
そして、どれだけ彼の事を愛しているかって事に。
さすがに当時の私も、自分がどれだけヒドい事をしたかに気が付いたわ。
私は、慌てて夏音ちゃんを慰めた。
とは言っても……まあ、さすがに夏彦は来ないと言ってしまった訳だから、まさかその内来るかもなんて言えないでしょう? それに、そもそも来ないのは、私が彼の分のチケット持っている時点で確定な訳で……。
そう、だから、私は携帯端末で大阪の兵営に連絡を取って、兵営経由で夏彦と回線と開いてもらったの。当時の私は、まだ夏彦の連絡先を知らなかったから。
で、夏音ちゃんに携帯端末を渡して……私と夏音ちゃんが、代わる代わる出て夏彦に訳を話したわ。夏彦の方も千葉の航空基地で輸送機から下ろされて途方に暮れていたらしくて。出て来た時あんまり嬉しそうな声だったから、もう、おかしくて、おかしくて、夏音ちゃんと二人で思わず笑っちゃったわ。
で……そこで、その年の夏の休暇を私は夏音ちゃんの疎開先の親戚のお家で過ごさせてもらう事になった……」
「楽しかったよね。夏音さんとエマさん二人で浴衣を着て行った夏祭り」
「ええ。それに、近所の川で水遊びしたり……」
「ふふふ……エマさんたら、すごいカナヅチなんだもん。『夏音ちゃん、絶対に、絶対に手を離さないでね! 絶対よ!』ってすごい必死で――」
「もう……夏音ちゃんたら、ほのかの前で」
懐かしそうに目を細めるエマに、当時を思い出したのか、やはり嬉しそうに、それでも幾分しんみりとした調子で微笑む夏音。そんな二人の姿にほのかもじんわりと胸が暖かくなった。
それで――。
とほのかは、目の前の二人の目を見つめてそっと言った。
「お二人は、友達になったんですね」




