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「…………」
まさかこんな事が……。
さやかは、自身のワンピースの裾を握り締めたまま言葉を失った。
知られたくなかった。
なにより――
(それは卑怯だ、って思ってたから……)
そして、それは今の今まで、篠塚夏彦やエマ・ウィンターズに対してのみ抱いていた思いだった。そう、今この瞬間、さくらが姉の教え子だった事実を知らされるまでは。
先に篠塚夏彦とエマ・ウィンターズの二人を前にした時、自分が、姉である誉あかりこと『園田あかり』の実の妹である事を明かせば、何かしらの譲歩を引き出せるのでは、と言う発想がふと胸に浮かんだ事があった。
だが、さやかは、そんな考えをすぐにゴミ箱に放り込んだ。
(そんなのずるいし、篠塚くんやウィンターズさんを馬鹿にしてるのと一緒)
いつだってありのままの自分で向き合うんだ、向き合えるんだ、と信じていた。
でも、
(姿を、気持ちを偽っていたのは、実は私の方……)
だから――だから今、こんなに胸が張り裂けそうになっている。
そして、さくらは、その姉の――。
こんな事があるなんて……。
こんな巡り合わせがあるなんて……。
(お姉ちゃん……)
さやかは、おずおずと顔を上げると絞り出すようにして、さくらの質問に答えた。
「……そう。さくらちゃんの言う通り。私は、『園田あかり大尉』の妹よ。さくらちゃん、お姉ちゃんの事を先生って呼んでたって事は……」
「うん。誉先生は、わたしが小三の時の担任の先生」
「…………」
「隊長さんを初めて見た時に思ったの、この人先生に似てるって。それに名字も『誉』だし……。先生、前に言ってた。先生には、千葉の学校に通ってる私達よりお姉さんの妹がいるって。それに――軍に居た頃、一緒にお風呂に入った時に見たの……先生の背中のあざ。そしたら、先生言ったの――」
さくらは、手の甲で目を拭った。
「『私の妹もまったく同じ場所に同じようなあざがあるんだよ』って――」
拭っても、拭っても、さくらの瞳から涙が溢れては、頬を伝っていく。さくらは、肩を上下させながら、彼女に向けて差し出そうとハンカチを握ったさやかの手を取った。
「マンドリン……あの曲……先生の弾いてくれるあの曲が、わたし……大好きだった……」
「さくらちゃん……」
「こんなところで……先生の妹の隊長さんに会えるなんて……思ってもみなかった」
それなのに――
さくらは、唇を噛んだ。
「困るよ。隊長さん、誉先生と同じなんだもん。――いい人なんだもん! 夏彦兄やエマ姉、夏音さんやほのかさんを傷付けた悪い人の筈なのに……」
いい人なんだもん!
肩を上下させ言い募るさくらの瞳に涙が浮かんでいた。
「でも、わたし分かってるんだよ。一番悪いのは、わたしなんだ。夏彦兄とエマ姉が、助けてあげるって言ってくれた時に、パシフィック・サーバントの研究所に、私が大人しく帰ってればこんな事にならなかったんだよ……なのに……わたし……」
「……そんな……ことない。そんなことない!」
「うううん、わたしが悪いんだよ!!」
「違う! そんなことないっ!!」
さやかは、さくらを強く抱き締めた。
どうする事も出来ないけれど、でも抱き締めずにはいられなかった。
(こんな筈じゃなかったのに……。ただ、任務を全うする、それだけだったのに……)
それだけの事だった筈なのに。
それが、愛する人達が自分に託してくれた想いへ応えるただ一つの手段だった筈なのに。
――さくらを助けてやりたいと強く思うようになってしまった自分がいる。
腕の中で泣きじゃくるさくらの背中をそっと擦り続けながら、さやか自身もその瞳から流れ出る涙をどうする事も出来なかった。




