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一粒、また一粒。
一端流れ出した涙は、なかなか止まらなかった。
頬を流れ落ちる涙を拭う事もせず、さやかは、真っ暗な景色を眺め続けていた。
とうとう、気が付いてしまった。
いや、とっくに気が付いていたのに無視していただけ。
それを認めただけの事だった。
(私、生徒隊長失格だね……)
さやかは、涙で濡れた頬を手の平で拭い、ふと、気がついて背後を見た。
例の調理担当機械化召使が、さやか達が昼間散らかしたゲームやおかしを片付けている所だった。彼らは、基本的に二十四時間活動し続けるので、人が寝静まる夜間に清掃等の活動をしている事が多く、そもそもそのようにプログラムされているらしい。
とは言え、特に人に見られたからと言って問題も無いだろうに、件のその機械化召使は、おろおろと左右を見回し、おどおどと後ずさりして行く。
さやかは、もう一度目を手の甲で拭うと、クスリと笑って言った。
「ごめんね。カッコ悪いとこ見られちゃったかな」
そう言ってバツが悪そうに肩を竦めたさやかに機械化召使は、慌ててその円筒形のボディを左右に振り、本体から伸びたアームいっぱいに握っていたおかしの袋やゲームをぼろぼろと床に落とした。
「あらあら」
さやかが、窓際を離れて床の上へと手を伸ばす。
ピッピ、ピッピと控えめではあるが、しきりに電子音を鳴らして遠慮しているらしい機械化召使を宥めつつさやかは、手際よく床の上の物を拾い上げて行く。いくらもしない内に、床の上の物を一か所にまとめ終わった。そこで、それまで風呂場を掃除していたと思しきもう一体の機械化召使が作業に加わり、まとめた物を分担してテキパキと収納して行く。
「へえ、こういう風に掃除とかしてくれてたんだね」
さやかが、そう言って感心すると二体の機械化召使は、照れ臭そうに小さく電子音を鳴らした。
(かわいい……)
無機質な筈の機械化召使のそんな仕草にほっこりと胸が暖かくなったさやかだったが、そこで床の上にまだ一つ残っている物がある事に気が付いた。
何かと思ってソファ脇のそれに近付いて行くと
「マンドリン……」
だった。
さやかは、床の上から拾い上げると、そっと手に持ち、張られた弦に触れる。
ポロン……
マンドリン独特の澄んだ高い音がした。
(懐かしいな)
ちょっと借りるね、と作業中の機械化召使に声を掛けてから、さやかはマンドリンを手に再び窓際に座った。
張られた八本の弦をそっと撫でると、懐かしさと嬉しさでなんだか無性にそれを奏でたくなった。
もっとも
(私、一曲しか弾けないんだよね……)
ポロン……。
弦を指で弾いてさやかは、クスリと笑った。
(お姉ちゃんもそうだったよね。一曲しか弾けないのに高校でマンドリン同好会入ってたんだよね)
でも
(お姉ちゃんの弾いてくれたあの曲、私大好きだったよ)
お姉ちゃん……。
眠っているであろう、さくらを気遣いながらさやかは、弦をそっと弾いて行く。
窓の外を見つめながら、無心に一音一音を奏でていると、不意に人の気配に気が付いた。
人の気配の方を見るとやはり案の定だった。
「ごめん! さくらちゃん!」




