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ふぅ、とさやかは、満足げなため息を一つ吐いてから、目の前の空の皿に向って「ごちそうさまでした」と小さな声で手を合わせた。
向いの席では、さくらがやはり同じように手を合わせている。
(ふふふ。さくらちゃん、夜ごはんは、半分以上食べてくれたね……。グッジョブ、調理担当くんっ!)
さくらの小さな変化に、胸を躍らせるさやかを尻目に、この部屋の妙に人懐っこい調理担当機械化召使は、なにやら嬉しそうな電子音を奏でながら、もう一体の機械化召使と一緒にテーブルの上を片付け始めた。
カチャカチャ、という食器の触れあう音を背に、窓の外を見つめるさくらに向ってさやかはゆっくりと近づいて行く。
白い水玉模様の水色のワンピース。
さくらが今着ているそのワンピースは、実はさやかの物であり、今朝、朝風呂から出て再びそれまで着ていた制服の袖に腕を通そうとしていた彼女を見て、慌てて着させた物だ。サイズが少し大きかったようだがそれでも制服でいるよりはずっといいとさやかは思う。
それに……とさやかは、自分の着ている白のワンピースをそっと手で撫でる。
(実は、色違いだしっ!!)
「さくらちゃん。夜ごはん、中華おいしかったね」
「…………」
さやかの問い掛けに戦略生体兵器であるさくらは、当然無言だ。
敵からの懐柔と機密の漏えいを防ぐ目的で、戦略生体兵器になった子供たちは、声を奪われており、さくらも当然例外ではない。
しかし、声は出せなくてもその気持ちを態度で示す事は出来る。
目の前のさくらは、さやかの問い掛けに対して視線は相変わらず合わせないものの戸惑いがちに頬を仄かに赤らめた。漆黒の夜空を背景にしたガラスに写るさくらの顔を見つめてさやかは、さらに話し掛けた。
「さくらちゃん、やっぱりラーメン好きなんだね。知ってる? 昔の日本には、いろんな種類のラーメンがあったんだって。私達の知ってる『醤油』以外にも『みそ』と『しお』、あと、ちょっと想像付かないけど『とんこつ』っていう豚の骨からダシを取ったスープもあったんだって。私、こないだネットを見てたらね――」
「――――!」
と、突然さくらが、振り返った。
ワンピースの裾が体の動きに合わせてひらりと揺れ、頬を真っ赤に染めたさくらが、まっすぐにさやかの目を見つめていた。
そのぱっちりとした両の瞳には薄らと涙が浮かんでいる。
「さくらちゃん……?」
さやかの言葉にさくらは一切反応せず、ただ、さやかの顔を見つめ続けた。
そうして、しばしさやかの顔を見つめていたさくらは、
「………………」
と苦しげな表情を浮かべて首を振ると、ぱたぱたと、荒々しく足音を立てて、中二階のベッドルームへと上がって行ってしまった。
(さくらちゃん……初めて私の目を見てくれた……)
けど――
(あーあ。さくらちゃん、泣かしちゃったな)
やっぱり、虫がよすぎるよね……。
さやかは、寂しげにそっと呟いて、背後でなにやらおろおろとしていた機械化召使に暖かいココアをリクエストした。




