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天井から吊るされた斬撃標的用の金属樹脂製マネキンが次々と切り裂かれ、用意された標的が次々と減って行く。
洗練された身のこなしと水際立った斬撃。
夏彦は、全身を駆使し斬撃の精度と速さを上げて行く。
そして、最後の斬撃。
最終標的であるマネキンの切り裂かれた五体が演習場の床に散らばると、すべての標的を完璧に撃破した旨のアナウンスが天井のスピーカーから流れた。
(『音速斬撃』は、やはり撃てないか……)
『音速斬撃』が撃てない以上何体マネキンを撃破したところで、何の意味も無い。
キンッ、と音を立てて電磁軍刀を鞘に納めると、夏彦は背後を振り返った。
昨日から一緒にここに籠ってくれているエマとほのかの他に新たなメンツがもう二人。一人が口をあんぐりと開けて夏彦の斬撃に驚嘆し、もう一人は手にした紙袋を指差して夏彦の名前を呼んだ。アレクセイと夏音である。
「相変わらず、すげえやなぁ」
「夏彦くん、着替え持って来たからね。あと、ブンタくん隣のチャダさんに預けて来たよ」
「ああ。すまないな、二人とも」
二人の立っている場所に戻った夏彦は、礼を言って夏音から紙袋を受け取ると、演習場の隅にある休憩スペースへと向かった。
「あと、夏彦くん、後で本田さんも見に来るって言ってたよ。『陣中見舞いです』って……」
「ああ。分かった」
なるほど……と夏彦は密かに頷いた。
やはり気になるのだろう。夏彦の調子が。
無論、自分が必殺技である『音速斬撃』を撃てない状態である事は、直子には伝えてはいないが……。
それにしても――夏彦は、辿りついた休憩スペースから演習場を振り返った。
広さと言い、設備と言い、使い勝手は申し分ない。
いや、むしろ使う人間が自分の好みに合わせて訓練プログラムを最適化出来る点などは、国防軍やパシフィック・サーバントの演習場よりも優れているとさえ言える。
さすがは、特別高等警察と言ったところだろうか。
(しかし、まさか俺達が特別高等警察の演習場を使っているとはな……)
夏彦は、これまでのやり取りを思い返して少し感慨深かった。
この演習場を借り受けようと言い出したのは、他でもないエマだった。夏彦は、それこそ山奥にある民間の演習場を借りようと思っていたのだが、
「こういう時こそ、特高に援助してもらうべきだわ。それに、少しずつ期待を高める事で、私達の協力と引き換えにさくらの身の安全を確約させられるかもしれないじゃない?」
と言ってエマが直子に連絡してくれたのだ。
そして、エマの申し出に対して直子は二つ返事で了解すると、身体調整休暇の三日間夏彦達が独占して使用出来るよう手配してくれた。エマの言う通り、まだ返事をしていない彼らからの『お願い』に色よい返事がもらえるかも、と直子は期待したのかもしれない。『さくら奪還作戦』の中心的戦力となる夏彦の体調は、彼らの作戦の根幹に関わる事だからだ。ここでコケれば、特高の協力があろうが無かろうが元も子もない。
そして、その一方で――
(明後日か……)
――明後日、さくらの移送作戦が再び行われるらしい、と言う旨の知らせが直子から量子メールで送られて来ていた。
奪還するには、それまでに『音速斬撃』を撃てるようにする必要がある。
時間は、あまり無い。
(くそっ……)
夏彦は、エマが手渡してくれたタオルで額の汗を拭いつつ口の中で小さく呻いた。




