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目の前で頭を下げる直子をエマ、ほのか、夏音、そしてアレクセイが呆気にとられたかのように見つめていた。
直子は、頭を下げたまま、言葉を続けた。
「もちろん、タダでとは言わない。『さくら』の事は、特別高等警察が、いえ、私がなんとかする。それに誉さやかを斃すのに必要な装備、費用、人員もこちらで用意する。それに――必要なら、妹ちゃんに警護を付ける」
だから――と、直子は、顔を上げ夏彦の目を一心に見つめて言った。
「お願いっ、篠塚くん!」
「………………」
「夏彦……?」
そっと声を掛けて来たエマを目で制して、夏彦は、直子の事を無言で見つめ続けた。
確かに、彼女の言う事が全て本当であれば、これほど心強い事は無い。
だが――
(諜報機関が無条件で誰かを支援する事などあり得ない――)
「本田さん」
「なに?」
「『さくら』をなんとかするって言うのは、具体的にはどういう事なんですか?」
「具体……的に?」
「ええ。特高は、保有するつもりがないんですよね。特高は、いったい誰の指示で動いているんですか? それに――」
夏彦は、直子に向けて身を乗り出し声を顰めた。
「パシフィック・サーバントの経営には、国防海軍が一枚噛んでいると言われています。現に海軍卿の漆原直道大将が、頻繁に本社に出入りしているってうわさを聞きました。その辺りはどうなっているんですか? 当然、教えてもらえるんですよね?」
「…………」
「本田さん?」
「ごめんね、篠塚くん。そのへんの事は、私には話せない。でも――最善を尽くす事を約束する」
ねっ、と直子は夏彦を上目づかいに見つめて目の前のテーブルに手を着いた。
夏彦は、イスに座り直すと腕を組みその目の前のテーブルを見据えて考え込む。
夏彦が苦悩しているのは直子のその『お願い』の内容なのだ。
そしてそれは、主として『お願い』に付随する、特高からの夏彦達への援助の内容……とその為に払わされる対価についてなのである。
特高からの『お願い』とは、そのポイントを要約するとこういう事なのだ。
『誉さやかを斃すその時点までは協力はするが、それ以降については保証の限りでは無い』
(さて、どうするか……)
長い話し合いの末に提示された提案。
確かに、夏彦達の目的の最大の障害となっている誉さやかを斃すためには、そう言った援助があればあるだけ助かるし、どれほど心強いか分からない。
だが、一方で最終的な目的であるさくらの解放については、ここでは、クエスチョンマークなのである。「最善を尽くす」と直子が言ってくれたところで、それは、特別高等警察全体の意思であると言う事には全くならない。
そう言った事を差引して考えると、花の蜜のように甘く魅力的なこの提案にも、美しい花がそうであるように、目に見えない棘がどこかに潜んでいるのではないか――という疑いをどうしても拭い去る事が出来ないのだ。
最良の選択肢は、何か……。
そんな苦悩のただ中にある夏彦を、皆は息を顰めるようにして見つめている。
時間にして十分経ったか経たないかぐらいだったろう。
夏彦は、ため息とともに苦しげに言った。
「少し時間を下さい」




