[61]
「ほぇ?」
「いや、敵かどうかを疑っている訳じゃないんだ。これ以上、あんたを巻き込んでしまっていいのか、その好意に甘えてしまっていいのか、と思ったんだ。それに、俺達は、あんたの事を名前以外何も知らないからな……」
「なぁんだ……そんな事け。おいらぁ、深川の除染屋、国府田組の倅で国府田アレクセイ。今年の十月で十九歳。まあ、それだけの男さ。そいで、仕事の帰りの道すがら、おめぇさん達の厄介事に首を突っ込んだ、ただの物好きのおせっかいさね。ホントのホントにそれだけ。それだけのことよ」
アレクセイは、少し照れ臭そうに、はにかんだ笑みを浮かべた。
無論、夏彦も彼の好意を疑っている訳ではないし、敵ではない可能性の方が高いと思っている。
もし、彼がさくらを狙う集団や誰かしらの手先だと言うのなら、これまで手を貸してくれたその時の状況は、その目的のためには、引き受けるリスクがあまりにも大きすぎると言わざるを得ないからだ。
もっと楽にさくらを手に入れる手段はいくらでもあるし、なにより先の戦闘だって、夏彦に助太刀などせずその隙にさくらをさらってしまえばいいだけの事なのである。近接戦闘を得意としているらしい彼にとって、敵と直接戦うスキルを全く持っていないさくらを連れ去る事など朝飯前に違いない。
ただ……さっき、さくらが戦略生体兵器である事に夏音が言及した後でさえ、彼がまったく臆することなく自分達と一緒に居てくれる事に夏彦は内心戸惑いを覚えざるを得なかった。
何故、ほのかがそうだったように驚いたり狼狽したりしないのか疑問に思ったのである。
今、夏彦達の話の俎上に上っているのは意思を持った核弾頭『戦略生体兵器』なのだ。
第三次大戦で見せたその破壊力は、人類に核の恐ろしさを堪能させるのに十分過ぎるほどの犠牲を払わせ、それまで野放し状態だった戦略生体兵器に対して、その保有数を制限し、管理状態を常に国連に報告する事を義務付ける初めての国家間合意である「クアラルンプール条約」の締結を促した。
それは、それまで各々の国家が国益を楯に反駁し合うばかりで何の成果も上げられなかったこの世界が初めて得た成果であり、それを強制させ得るだけの共通の恐怖を、人類は、あの戦争で初めて味わったのである。
つまり、『戦略生体兵器』とは、人類にとって恐怖の対象そのものであり、いわば、人類の愚かさを刻み込んだ歴史の十字架なのである。
だからこそ、それを突然目の前に突きつけられて平然としていられたアレクセイの態度に夏彦はいささか疑念を覚えたのだ。
彼はさくらの存在を事前にある程度知っていたか、戦略生体兵器に対してある程度免疫のある者――かつて夏彦やエマがそうであったように戦略生体兵器を運用する部隊にいた人間なのではないだろうか、と。
戦時中、日本には、さくら以外にも三人の戦略生体兵器がいた。
彼が、戦術生体兵器か機械化人間兵器である以上、国防軍か国家警察軍 (特別高等警察は、防諜や諜報というその任務の性質上縁故での人員採用しかしておらず、入隊するのも除隊するのも恐ろしく困難なのである)に所属する、若しくは、していたのは間違いなく、その運用に携わっていたとしても何の不思議もない。
(だが、だとすると……どういう事なんだ?)
エマと夏彦、そして夏音とほのかが、それぞれ互いの顔を見合わせる中、アレクセイは、目の前のナポリタンをうまそうに食いつつ、「どうだぇ?」とでも言うかのように夏彦達の反応を待っている。
「――――」
と答えかけた夏彦だったが、その言葉は、ダイニングの入口にいつの間にか立っていた一人の人物によって突如遮られた。
突然の事に皆の視線が集中する中、その人は、にこやかに言った。
「彼の正体が知りたい? 篠塚くん」




