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「ぐはぁ!」
短い悲鳴と同時に背後で大きな音がしたかと思うと――バタン、と音を立てて夏彦の足下に全身黒一色の近接戦闘装備に身を包んだ敵がひとり転がり込むようにして倒れ込んで来た。
「はにゅん! あと二人です!!」
「いえ――」
さらに、カ~ン、と間抜けな音がして何かが床に崩れ落ちるような物騒な音がした。
「あと、一人よ!」
室内に響くエマの声。
だがそれは、敵にとって己の劣勢を知り戦術の転換を謀る、まさに絶好のタイミングでもあった。
――夏彦とアレクセイが動いたのは同時だった。
「おおおぉぉぉ!」
「うおおおおぉぉぉ!」
(ここだっ!!)
夏彦、そしてアレクセイが同時に一足飛びに斬り込んだ。
それは、敵が動く寸前に生まれる僅かな空白の瞬間。
これまで睨みあいになっていたのは、ひとえに「絶対防護」の持つ鉄壁の防御力ゆえだが、それに加えてこの敵の格闘術が異常なほど強力で、次の一手が読めなかったからというのも間違いなくあったのだ。
敵の拳が、アレクセイのハンマーが、夏彦の刃が、敵を求めその肉を欲し、破壊の衝動を帯びた歓喜の絶叫をあげて殺到する。
その刹那、敵が動いた。
(来る!)
夏彦がまさにそう思った時だった。
敵を挟んで向い側にいるアレクセイの表情が凍りついた。
夏彦も、ほぼ同時にその物体に気が付いた。
目の前の敵が、足下から蹴りあげた円筒形の物体は、空中でいくつかに分離し、その内のいくつかが、夏彦の頭の左右をゆっくりと回転しながらリビングのエマ達の方へと通り過ぎて行く。
人智を超えた能力を発揮する戦術生体兵器である夏彦の目には、まるでそれは動画のコマ送り再生のように見えた。
そして――夏彦の瞳は、その円筒形の物体の表面にアルファベットで表記されたその正体を捉える。
(斃す事に気を取られ過ぎた!)
夏彦は、明らかに読み誤っていたのだ。
敵は、夏彦達を殲滅する事を目的としていたのでは無い。
敵の目的は、ただ一つ――『さくら』の身柄の確保だ。
刈り取るのが目的では無いなら、無力化する事にこだわる必要など無い。
要は――その目的を果たすための戦闘なのだから。
さくらを守る事に気を取られた事が、逆に思わぬ隙を生んでいたのだ。
くそっ、と呻いたかどうかさえ、定かではないコンマゼロ秒以下の世界で夏彦は凍りつく。
(対戦術生体兵器用集束音響手榴弾!)
そう認識した瞬間、世界は炸裂する光と音の狂乱に包まれた。
超至近距離で炸裂する対戦術生体兵器用の強化型音響手榴弾。
神経伝達系が極度に発達した戦術生体兵器にとって、その強化された鋭い光と音の持つ威力は、常人の比ではない。
それはまさに――究極の一撃だった。
どぉんっ! という轟音とともに世界を蹂躙する光と音の狂乱が辺りを覆う。
敵は、再度展開した「絶対防護」でその轟音と光を避けると、無力化された夏彦の体を突き飛ばして背後のリビングへと跳躍する。
突き飛ばされ床に転がった夏彦は、刈り取られゆく意識の片隅で、最後にうっすらとその姿を認めた。
(さくら……。くそっ…………)
身動きすらままならない夏彦の目の前で、さくらは敵の手の中にぐったりと抱かれて夕闇の中へと消えて行った。




