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「おじゃましまーす」
買い物袋とブンタの入った移動用ケージを抱えたまま扉を開く夏彦に小さく頭を下げて、ほのか、さくら、エマの順にアパートの中へ入って行く。
最後に夏音が室内へ飛び込むと、夏彦が外を見回しおもむろに施錠した。
戦術生体兵器を大量に配備している民間軍事会社や抗電磁パルス誘導弾を持っているような相手に無意味な行動、と思わないでもないが、まあ、気は心と言うやつだろう。そんな夏彦を上目遣いに見つめて夏音がにっこりと微笑んだ。
「夏彦くんのそういうところ夏音さんは、胸がキュンキュンしちゃうよ」
「…………。いや、そういうつもりでやってる訳じゃないんだが……」
「そういうつもりがなくてもカッコイイんだよっ! もぅ……だから、あのほのかさんって人が付いて来ちゃったんだよ。夏彦くんは、もっと女の子に対して慎重になるべきだと夏音さんは思うよ。ただでさえ、エマさんが……」
ぶつくさと口の中で呟く夏音を尻目に夏彦は、エマとほのかが、買い物袋の中身を広げているダイニングを通り過ぎ、リビングの座卓の脇に移動用ケージと荷物を下ろした。
そして、ケージを開けてブンタを出してやってから、自身はもう一度玄関へ戻り、夏音と一緒に収納からタクティカルベストと手の甲、足の脛用の抗刃抗弾防具をそれぞれ取り出した。
日頃使う機会はまずなかったが、長年の癖で手入れ自体はかなりこまめに行っている。なので、特に必要は感じなかったのだが、まだ頬を若干膨らませてご機嫌斜めな様子の夏音が脇から渡してくれたペーパータオルで一応その国防色一色の表面を拭っておく。
あの戦争が終わってからは、ほとんど使う事の無かった実戦用の重装備。
だが、今後必ず必要になる場面が出て来るだろう。
油断するつもりはない。
夏彦は、自分の分を取り敢えず玄関の隅に置き、夏音とエマ用に常々準備しておいた物とそれ以外の予備を夏音と二人で探した。
出来れば、今いる全員の分が欲しいが、さすがにほのかやさくらの分までは準備がない。
予備役に退く際に被服廠で徽章類のオマケにと貰って来たタクティカルベストをなんとか一着だけ見つけて引きずり出した所で、台所にいると思しきエマの声がした。
「夏音ちゃん、大きいお鍋ってどこだったかしら?」
「流しの上の棚の右側にないー?」
「そこに無いのよ。夏音ちゃん、場所変えた?」
「あれ? 夏彦くん、大きいお鍋ってどうしてたっけ?」
「ああ、ごめん。流しの下だ。上の棚に入れると夏音が届かないかと思って、こないだそうめんをゆでた時に位置を変えて言うのを忘れてた」
「夏彦くん……」
唐突に夏音が胸の前で手を組み熱い視線を送り始める。
なにか妙な地雷を踏んだらしい。
夏彦は夏音の事は取り敢えず見なかった事にして、エマに向けて声をあげた。
「エマ、大きい鍋は、流しの下に――」
「きゃあぁぁぁ!」
「多賀城さん! さくら! 窓から離れて!!」
ガラスの割れる音と、食器が砕ける音が響く。
(――もう来たかっ!)
「夏音! リビングに――」
そう言いかけて夏彦は、夏音を腕に抱くと玄関のすぐ横のバスルームへ跳んだ。
強化プラスチック製の扉をぶち破り脱衣場の床に転がった二人の背後、さっきまで二人がいたその場所に鋼鉄製の扉が勢いよく倒れ込み大きな音を立てた。
腹に響くような音と、もうもうと舞う埃の中で倒れた扉の上に佇む黒い人影。
漆黒の戦闘服。
脛、腕、頸部、胴体それぞれを守る超硬度タングステンコーティングの施された最新鋭の抗刃抗弾防具とタクティカルベスト。そして、頭部を守る強々度ケブラー製の近接戦闘用戦闘帽。
漆黒色の戦闘帽の前面を覆う防弾ガラス製のバイザーの奥に見える顔は、バラクラバで覆われていて表情は窺えない。
バラクラバの目の部分から見える相手の瞳が、澄んだ光を湛えて夏彦を見つめていた。




