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ソニック・ブレイド  作者: 生田英作
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[53]

 伯父の言葉に促されるように、さやかは、目の前の封筒から便箋を取り出した。

 懐かしい姉の字が便箋の上で踊っていた。

 几帳面でどこか優しげでそれでいて意思の強さを感じさせる姉の字だった。

 その字が、これまで育ててくれた伯父と伯母、そして迫田をはじめとする使用人達に対する感謝を、そしてさやかの将来を切々と語っていた。



「あの子が小学校の先生になることに私は最初反対だった。『誉』の名前が絶対に邪魔になるだろうと思っていたからね。現に、高校や大学、そして勤務先の小学校でも擦り寄ってくる連中が少なからずいたみたいだよ。でもね……あの子の決意は固かった。そして、見事に教師になってみせた」



 そう言って伯父は、手元のコンソールを操作してアルバムの写真を空間投影させた。

 緊張の面持ちで、最初で最後の任地となった小学校の門の前で写した記念撮影の姉。

 生徒達に囲まれ、笑顔でオルガンを弾く姉。

 液晶ボード板の前で身ぶり手ぶりを交え授業をする姉。

 運動会で生徒達とはしゃぐ姉。

 そこに写っているのは小学校教師として働く姉の姿だった。

 写真の中の姉は、輝いていた。

 そして、その写真からは、姉が生徒達や他の教師にどれだけ慕われ、信頼されていたかも痛いほど伝わって来た。姉を囲む生徒達の無邪気な笑顔。姉の行う授業に向ける真剣なまなざし。そして、そんな姉達を見つめる他の教師達の誇らしげな表情。



 そこにあるのは、もう二度と戻る事の無いかけがえのない日々だった。



 迫田がしゃくり上げ、伯父も俯いてウィスキのグラスを握り締める。

 スライドショー表示に切り替わったアルバムは、教師になる前の姉の写真も表示していた。

 北葉女学院中等部の制服に身を包む姉。

 公立高校へ進み、そこで出来たと言う友達である眼鏡を掛けた少女との記念写真に写る姉。

 そして姉妹で写した記念写真。

 さやかと伯父と伯母、そして使用人達と写した日常の風景。



 かけがえの無い姉の人生の記録だった。



 さやかの瞳からも涙がこぼれた。

 伯父は、アルバムのスライドを止めるとグラスをテーブルの上に置き、再びさやかを見つめた。傍では、迫田がまだ静かに涙を流し続けていた。



「私は、あの子に短い期間ではあったけれど、なりたかった教師をさせてやれて良かったと今心から思っているんだよ。もし、なりたかった教師にもなれずこんな不本意な形でこの世を去っていたら、と思うとね……。それだけが私にとってせめてもの慰めだ……」



 伯父は、袖で目を拭うとソファに座り直し、居住まいを正す。

 疲れ切った瞳が悲しげに揺れ、伯父の負った心の傷が、さやかが思っている以上に深いのだと分かった。

 伯父は、静かに言った。



「おまえは、おまえの信じる道を進みなさい。それが、あの子の望みであり、あの子を失った私達がおまえにしてやれるせめてもの事だろうと思う。でも、一つだけ約束してほしい」



 伯父の頬を新たな涙が伝った。



「私達夫婦より、迫田より、長生きしてほしい。その人生を全うしてほしい。私と友子、そして迫田……私たち三人が望むのはそれだけだ」



 伯父の真っ赤になった目がさやかを見つめていた。

 そんな伯父を見つめ返すさやかの唇はしばし震え、やがてきつく閉じられた。

 小刻みに肩が揺れ両の瞳の中で溢れんばかりに溜っていた涙が、彼女の頬を滂沱のごとく流れ落ちた。



「はい……おじさま……お約束します。必ず……お姉ちゃんの…………分まで……」



 それ以上は、言葉にならなかった。

 ただ、止めどなく込み上げて来る涙を堪えるのに精一杯だった。

 声を上げて泣き出しそうになる自分を抑えるのに精一杯だった。

 姉は、その人生の最後に、さやかの未来を拓いて去ったのだ。

 姉の想いに応えたい。

 伯父と伯母、そして執事の迫田の想いに報いたい。

 いや、応えなければいけない。

 報いなければいけない。

 多くの人の想いの上に開かれた、さやかの未来への道。

 這ってでも進む、血反吐を吐いてでも、必ず進んで見せる。

 さやかは、その日決意したのだった。


 そして――


 その日から、四年目の春が今。

 エレベーターを降りたさやかは、役員用オフィス区画に足を踏み入れつつ、記録室で見た資料を思い返す。

 一つ分かれば、芋づる式に全てのピースが埋まって行くものだ。


(家族に内緒で戦術生体兵器になって……配属先の部隊では、お父さんの名字を……。そうまでして……そうまでして前線で戦いたかったんだね……)


 昼に食堂で聞いてから、ずっと気になっていたのだ。

 園田……あかり……大尉? …………あかり? 大尉? 園田……園田?

 

 そして、なによりエマの口から語られた、その人となり……。 


 もしかしたら――と。

 予想は、大当たりだった。


(やっと見つけたよ。ずっと、ずっと探してたんだよ、お姉ちゃん)


 さやかの頬を涙が一筋伝った。

 慌てて袖で拭いコンソールに向う。

 中の秘書鈴木に声を掛けようと思うが咄嗟に言葉が出てこない。

 何もしていないのに網膜投影式ブラウザが勝手に起動し、記録室でダウンロードした写真が表示される。

 表示されたのは、一枚の証明写真。



 タイトルは、「園田あかり大尉」。



 姉である誉あかりの軍服姿の写真だった。


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