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「さやかが、やりたいことをやればいいんだよ。だって、さやかの人生なんだもの。お姉ちゃんは、応援するよ。だから、ほら、元気出して!」
伯父と伯母へ胸に秘めた進路を打ち明けてからしばらく経った頃。久しぶりに会った軍服姿の姉は、涙ぐむさやかをそう言って励ましてくれた。
その頃、大陸国の九州・南アジア侵攻によって始まった第三次世界大戦は開戦して一年五カ月が過ぎていた。その年の春に広島が陥落、すでに大阪にまで敵が迫り世の中は騒然としていたが、北葉女学院の中だけはまるで別世界のように平然としていた。
その事が、この戦争のせいで小学校の教師を辞めざるを得なくなり、大尉の階級章を付ける事となった姉の軍服姿と見事に対称的で、さやかには見ているのが辛かった。でも、姉はいつもと同じように暖かな笑みを浮かべて、その日もさやかを励ましてくれた。
思えば、あの日が姉と会った最後の日だった。
その日から半年後、姉が大阪で戦死したという旨の戦死公報が届いた。
晴天の霹靂だった。
(お姉ちゃん……。うそ! うそだよ!! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが死ぬわけなんかない!
だって……小学校の先生なんだよ! どうして? どうして、戦争で死ななきゃいけないの? 後方部隊にいるから大丈夫って……。元教師だから戦闘には参加しないよ、ってお姉ちゃん言ってたじゃない!! なのに、どうして? どうして…………)
しかも、それだけでは無かった。
「あの子は……あの子は、どこでどんな任務で戦死したんですか? 教えて下さい! あの子は……あの子は私の妹の残した忘れ形見……大切な……大切な家族なんです!! お願いします、教えて下さい! お願いします……お願いします!!」
泣き崩れる伯母の肩を抱きながら、推定の戦死日時のみが記された公報を届けに来た軍務局の担当者へ詰め寄った伯父の後ろ姿。
小刻みに震える肩と乱れた髪。
あんなに憔悴し切った二人の姿を見たことが無かった。
そして、その二人の背後に立った執事の迫田の茫然とした表情。
屋敷の豪奢な玄関ホールは、凍りついたかのように色を失っていた。
さやかの知っていたこれまでの日常が音を立てて崩れて行く。
結局――軍務局の担当者は、公報に記載された以上の事は何一つ知らず、ほうほうの体で帰って行った。生前に託すことが義務付けられていると言う戦死者の遺書だけを置いて。
その日の夜。
さやかは、伯父に呼ばれて伯父の書斎へ行った。
伯母は、医務担当のメイドからもらった鎮静剤を飲んで眠っている。
静まりかえった書斎の中で、応接セットに座った伯父が茫然とした表情でウィスキーのグラスを舐めていた。その傍には、執事の迫田が伯父の酒の相手として同じようにグラスを手に座っている。
さやかは、一つ確信していた。
姉をこのような形で亡くした以上、伯父はさやかの今後の進路に民間軍事会社の経営する学校を認めてくれることは絶対に無いだろうと言う事を。
ノックして書斎に入ると、普段酒を付き合い程度にしか飲む事の無い伯父は、顔を真っ赤にしながらさやかに彼の向いのソファに座るよう促した。
さやかが座ると迫田が、オレンジジュースをさやかの前のテーブルに置いてくれる。
伯父は、真っ赤になった目でさやかの顔を暫く見つめ、やがて静かに口を開いた。
「こんな時にと思うんだが、さやか、おまえの進路の事だ。その……」
「いいの、おじさま。私、分かっています」
「いや、違うんだ。私の気持ちとしては、反対であることは変わらないよ。友子もそうだ。だが、これは――」
伯父は、自身の座るソファの脇のサイドテーブルの上から一通の封筒をさやかの目の前に置いた。
「あの子の遺志なんだよ。おまえをおまえの望む路へ進ませてやって欲しいと、前から言われていてね。で……」
伯父の目からぽとりぽとりと涙が落ちた。
「その遺書にも書いてあったんだよ……」




