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「これから、どうするつもりなの?」
「どうする、とは?」
「とぼけてもダメよ、篠塚くん」
さやかは、そう言って目の前のトレイを脇へ滑らせ、身を乗り出した。
「さくらちゃんの事――戦略生体兵器『さくら』をどうする気なの? と言う事よ」
戦略生体兵器
決定的な言葉が、さやかの口から告げられた瞬間だった。
「さくらさんが……戦略生体兵器…………?」
ほのかが、絶句し、その隣に座るさくらの表情が凍りつく。
返す言葉も無くさやかを無言でじっと見つめ返すエマの手をそっと握り締め、夏彦は目の前の交渉相手の澄んだ瞳を見つめ返す。
その瞳は、相変わらず小気味よいほど柔らかな光を湛えて夏彦を見つめていた。
強引に押すでもなく、策を弄して待ちに徹するでもない、全くの自然体。
そこにあるのは、ただただまっすぐな彼女の人格そのものだった。
(これほどの相手が過去に何人いただろう)
そんな感慨が、夏彦の脳裏でちかちかと瞬いた。
「とぼけてなんていません。どうするか決めるのは、俺達では無いという意味です。もちろんあなたでも、パシフィック・サーバントでもない。さくら自身が決める事です」
「篠塚くん。さくらちゃんは……。いい? あなたもよく分かっているとは思うけど、さくらちゃんは、戦略生体兵器よ。警衛隊に預けておけるブンタくんとは違うわ」
「分かっています。俺もエマもさくらを運用する部隊にいましたから」
「それでも……と言う事なの?」
「ええ、それでもです。俺達は、さくらと共に戦い、そして、さくらを失いました。いや、さくらだけじゃない、多くの仲間を失ったんです。あの大阪攻防戦の事を誉先輩は、どれぐらいご存じですか?」
「……直接は、知らないけど…………」
でも――と、さやかは、僅かに俯いた。
「軍にいた私の姉が、あの戦いで戦死したの」
「そうだったんですか……」
悲しげな表情を浮かべたエマとほのか、そしてさくらに対してさやかは、そっと肩を竦めてみせる。もう、その様子は、いつもの生徒隊長の物だった。
「ええ。でも、どんな任務で、どこで、いつ亡くなったのかまったく分からないの。まあ、あの頃は、そういう人がとても多かったみたいだから、私だけが、とやかく言っちゃいけないんだろうけど」
「……お察しします」
「ありがとう。篠塚くん」
さやかは、その双眸にひどく優しげな光を湛えてそう言うと、両の手をテーブルの上で軽く重ねた。
「で、話のつづきだけど……その大阪攻防戦での事が、世界第三位の民間軍事会社や、世の中のさくらちゃんを欲しがるあらゆる勢力と戦う理由という事でいい?」
「はい。詳しい事は、軍機に関する事もありますので言えませんが……その通りです」
「しかも、その様子だと、軍や政府にも連絡していないみたいだけど……」
「誉先輩。クアラルンプール条約の削減対象になった戦略生体兵器がどうなるか、先輩もご存じの筈です」
「…………」
「戦略生体兵器の能力解体手術は、成功例がほとんどありません。能力が陳腐化するまで待つと言うのが本来一番の筈ですが、あの条約にはその条項がないですから――」
一端、言葉を切り夏彦は、目の前の湯呑の中の冷え切った緑茶を一息に飲み干した。
合成濃縮特有のひどく苦い後味に、唇を噛みつつ夏彦は、言葉の続きを口にする。
これから話すことは、湯呑の底にたまった茶渋よりも苦い話になるだろう。
「今の日本政府にさくらを保護する力があると思えません。必ず手術を行う事になるだろうと思います。でも、それはさくらに死ねと言っているのと同じ事です」
「それなら――」
「パシフィック・サーバントですか? 国家以外の第三勢力が保有する戦略生体兵器が、まともな目的の為に存在出来ると思いますか? それに年齢を重ねて能力が失われた時、さくらはどうなるんですか?」
「それは……」
「俺達が、望むのはさくらが自由に生きられる事、その一点のみです。さくらの人生を決めるのはさくら自身の筈です。それが、人間と言う物ではないでしょうか。彼女は、意思を持った核弾頭なんです。戦争が終わった今、兵器として存在するか人として生きるか選択するのは、さくら自身の筈です」
「…………」
「違いますか?」
冷々と響く夏彦の本心にさやかは沈黙で答えた。




