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エマの肩から手を離すと、夏彦は人差し指を唇の前に立て、そっと襖へと忍び寄る。
エマも襖の向うの気配に気が付いたらしい。頬を赤く染めたまま、困ったように、ふんわりと微笑んだ。
やがて襖の横に立った夏彦は、すっ、と襖を開く。
中からパジャマ姿の少女が二人よろけるように転げ出て来た。
「あ……あの、その……でへへへ。……ごめんなさい」
エマと同じデザインで色違いのパジャマに身を包んだ夏音が、バツが悪そうに微笑んだ。その背後には、やはり同じパジャマ姿のさくらが眠そうな顔で夏音の肩越しに夏彦とエマを見つめていた。
「すまない、夏音。いずれ話すつもりではいたんだが……」
そう伏し目がちに話す夏彦を夏音はにっこりと笑顔で制し、人差し指を夏彦の唇へ当てた。
「さくらちゃんが、夏彦くん達が話してた戦略生体兵器『さくら』なんでしょ? ちょっと、びっくりしたけど……。でも、心配しないで夏音さんは、夏彦くんとエマさんの味方だからね。どこまでだってお供するよ。それに――――」
そう言って背後のさくらを引っ張り出すと夏音は、その華奢な体をギュッと抱き締めた。
「さくらちゃん、超かわいいし! さくらちゃんは、何にも心配しなくていいんだからね。私達が守ってあげるからね!!」
「!?」
「夏音ちゃんも決まりみたいね、夏彦」
エマがじゃれあう二人を見つめて言った。
さくらを抱き締めて嬉しそうに微笑む夏音と、困惑気味に目をぱちぱちとさせながらではあるが満更でもなさそうなさくら。そして、そんな二人を見つめて微笑むエマ。
三者三様の笑顔を見つめる夏彦の胸中に暖かな物が満ちて来る。
さくらの笑顔――。
(そうだ……)
夏彦は、心中深い所に秘めていた記憶の中にその風景を思い出す。
(大尉の隣に居る時のさくらは、いつも笑っていたな)
「さくら――」
夏彦の呼び掛けに戦略生体兵器の少女は、無言で頷いた。
彼女の意思を確かめたい。
さくらの本心を。
例え彼女が戦略生体兵器――――他国からの懐柔を防ぐため他人と意思を疎通する手段である『声』を奪われた兵器という存在であっても。
これは、彼女の人生を賭けた戦いになる筈だから。
「さくら、昨日も言った事だが、改めて言っておく。俺達は、君の味方だ。そして――」
夏彦は、再び大きく息を吸い込んだ。脳裏を園田大尉の顔が過ぎる。
さくらは、大尉の事をどう思っているだろう?
「園田大尉と同じように、俺も、エマも、夏音もさくら自身にとって一番ベストな道を選びたい。そのために、さくら、まず、君の意思を確認したい。無理に喋ろうとしなくていい。俺の問い掛けにイエスなら首を縦に、ノーなら横に振ってくれればいい。あと……」
さくら、夏音、エマの順に見回して夏彦は、少し言いづらそうに小さな声で付け加える。
「さくらは覚えているか分からないが……昔と違って今の俺は、この通りの無表情だ。でも、怒ってる訳じゃないからな」
エマと夏音がくすくすと笑い、さくらの顔にも笑みが灯った。




