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「うん。ありがとう」
エマから渡されたマグカップを押し戴くようにして夏彦は一口コーヒーをすすった。マグカップの中身は夏彦の好きなミルクコーヒーだ。エマの淹れてくれるコーヒーは、ミルクと砂糖の分量が絶妙で、彼女のお陰で夏彦はコーヒーを飲めるようになったと言っていい。
エマの淹れてくれるミルクコーヒーが世界で一番うまいと夏彦は思う。
「何か見える?」
「いや、相変わらずだよ」
エマがブラックコーヒーをすすりつつ「そう」と頷いた。すでに彼女の視線の先には、先ほどの作業員達はいないようだ。緩衝地帯と街の間に立っている高い柵のせいだろう。
エマは、手の中のカップを見つめて「おいしい」と満足げに目を細めた。
そうして、しばらくの間二人は黙ってコーヒーをすすった。
が、やがて、ふっ、と小さく息を吐いてエマがカップを下ろした。
そして、
「夏彦……」
と、エマが遠慮がちに尋ねた。
夏彦は、ゆっくりと彼女に振り返った。
「『さくら』の事……」
「ああ。俺も、まだ信じられないが……。でも、どう見ても『さくら』だ」
「ええ。でも、どう見てもあの子だったわ。まさか、生きてたなんて……」
「…………」
「…………」
夏彦は、再び窓の外へ視線を転ずるとマグカップを握り締め黙然とコーヒーをすすった。
だが、どう考えても腑に落ちない。
護衛である園田大尉が亡くなっているのにどうして彼女が生き延びられたのか?




