[3] 序章
自身の発した命令が響くが早いか、園田大尉はその能力を開放した。
立ち上がった大尉目がけて殺到する敵の火力。
だが、目が眩むほどの発砲炎にも関わらず弾は一弾たりとも大尉には当たらず、大尉の三メートルほど手前で蒸発していく。
大尉は何事も無いかのように前方の敵達を見つめつつ、大尉につられて立ち上がった戦略生体兵器の少女をその背後に後ろ手で押し込んだ。
『絶対防護』
大尉がこの任務に選ばれた一番の理由。
質量はおろか熱量、光量すら阻む絶対的な鉄壁の防護力。
戦略生体兵器である少女の護衛を大尉に任せ、皆が一斉に立ち上がり走り出す。
突撃する皆の背後から夏彦は敵目掛けて一足跳びに跳躍した。全神経を駆け抜ける限界を無視した電気信号の奔流が、その能力を人間離れした物に押し上げる。
空中で刀を振りかぶり、目標を物色。
と、敵指揮官の傍らで懸命に闘う自分と同い年ぐらいの少年が見えた。
幼さなさの残る額にうっすらと汗を浮かべ、後方の大尉達に向けて技を発動するその腕に輝く赤い徽章――敵の戦術生体兵器だ。
夏彦は迷う事無くその少年へと殺到する。
刹那の瞬間。
少年の表情が凍り付き、刃が白く光る尾を引いて真っ向からその躰を斬り裂いた。強々度ケブラー製の鉄帽を叩き割り、頭蓋と肉を斬り裂く感覚が手の内に焼き付く。血を吹く肉塊と化した少年が崩れ落ちるその刹那、夏彦は振り下ろした刃を返し、隣に立っていた将校を脇腹から肩に向けて切り上げた。
将校用情報端末を握った腕が血しぶきと共に塹壕の床に転がり、敵兵達が凍りつく。
頭脳である指揮官と支援兵器である戦術生体兵器を一瞬にして失い、敵は狼狽の極みに達した。
塹壕の中に悲鳴と怒号が響き、恐怖に駆られた兵士達が一斉に発砲する。
ここからは戦術も技術も関係ない――純粋な殺し合いだ。
夏彦の刃は解き放たれたように右へ、左へと敵兵を凪ぎ払い、斬り裂いて行く。
足下に転がった死体を踏み越え、さらに敵を斬る。その時、崩れ落ちる敵兵の体を突き飛ばして、エマが目の前に転がり込んで来た。
異変を瞬間的に察知した夏彦は、転がったエマをそのまま地面に押し付ける。
その瞬間、殺気が空を斬り、小さな舌うちが聞こえた。
エマを追って現れたのは青竜刀を携えた黒髪の少女。
そして、その背後からは、増援と思しき敵の歩兵が、二十……三十……四十。
(近接戦闘タイプか……。それに、歩兵が一個小隊……)
それだけ分かれば充分だ。
少女の刺すような瞳を見つめ返しつつ夏彦は、その能力を発動する。
――音速斬撃!!
叫ぶが早いか夏彦は、飛び掛かって来る少女に向けて一足飛びに踏み出した。
夏彦は、迫り来る少女の刃をコンマ一秒以下の超反応で全てかわすと、瞬きをする間も与えず少女の間合いに入り込む。そして、次の瞬間――夏彦の繰り出した無数の斬撃が彼女の全身を一瞬の内に斬り苛み、さらに背後の歩兵達をも次々と切裂いた。
少女は、一瞬で絶命すると、その顔に驚愕の表情を張り付けたまま、糸の切れた操り人形のようにくずおれ、塹壕の底に溜った水の中へ頭から突っ伏した。そして、少女の絶命とほぼ同時に悲鳴を上げる暇も無く切り裂かれた兵士達もまた無数の肉片となって塹壕に散らばった。
水面に広がってゆく褐色の波紋を尻目に夏彦はエマの元へ駆け寄り、彼女を助け起こす。
「大尉は?」
「分からないわ。さっきまで向う側の塹壕にいたんだけど……」
エマの視線の先には、全滅したと思しき敵の迫撃砲陣地があった。
周囲の敵は一掃されている。夏彦は、鉄帽の下に被ったヘッドセットから伸びるマイクを口に寄せ、大尉に向けて呼び掛けた。
ややあって、耳を覆うレシーバーからくぐもった雑音と共に大尉の声が響く。
思わず夏彦の口からほっと息が漏れた。