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百八十センチはあろうかと思われる引き締まった体躰にイタリア製と思しき高級スーツ。
どこかプラスチックを思わせる整った顔をしたその男性は、さやかに向って丁寧に頭を下げた。その途端、シャットダウンしたばかりの網膜投影式ブラウザが自動起動して、彼がさやかを呼び出した役員の秘書である旨が簡単な個人情報と共に網膜に表示される。
その秘書は改めて軽く頭を下げ名前を名乗った。
「役員秘書室付けの鈴木と申します。夜分にも関わらずお越し頂きありがとうございました。では、早速ですが……」
さやかは、彼の言葉に無言で頷き、その後に続いて待合室の奥の扉をくぐる。
豪華なしつらえの廊下を五十メートルぐらいだろうか、台座に飾られた彫刻や壁に掛けられた絵画の数々を眺めつつ進み、突き当たりの両開きのドアの前で二人は止まった。
(ここが……)
さやかは、密かに息を呑んだ。
そう、この分厚いオーク材の扉の奥こそが、世界第三位の民間軍事会社パシフィック・サーバントの役員達が使用する最高幹部会議室。日本に本社機能を移して二年余り。中央軍事学院の生徒隊長でここに入るのは、さやかが初に違いない。
その時、鈴木秘書が操作していたセキュリティ端末から短い電子音が鳴った。
「さあ、どうぞ。極東方面本部長がお待ちかねです」
内向きにゆっくりと開いた扉の中へ、さやかは、意を決して足を踏み出した。
会議室内は、思った程は広くは無く、そこに居る人々の人数も思ったほど多くは無かった。
いや、実際にはあまりにも少なかったのだ。
細長い会議机を挟む人数は、たったの三人。
だが、その顔ぶれが、ただ事ではない。
一人は、鈴木秘書も口にしたマクドウェル極東方面本部長。アジア極東地域における経営の最高責任者であると同時に、露出を極端に嫌い世間に滅多に姿を見せないこの会社のCEO (最高経営責任者)の正式な代理人でもある。
いわば、パシフィック・サーバントの事実上の経営者だ。
もう一人は、コーガン極東方面警備部長。
オフィスにあって経営の陣頭指揮を執るマクドウェルに対して必要とあれば現場にも赴き実際に人を動かすのが彼だ。故に、パシフィック・サーバントのアジア極東地域における全軍事力を実際に統べているのは彼であるとも言える。
そして、最後の一人。
さやかは、その顔を見つめて改めて息を呑んだ。
まさか、こんな人がこの会社に影響力を持っていたなんて……。
確かに、ずいぶん前から人々の口には上っていた事ではある。
だが、あまりにも信じ難かったのだ。
現役の日本の軍事関係者がこの民間軍事会社の後援者になっているなんて。
それも、山本五十六元帥の再来とまで言われたこの人が。
「お嬢さん。私の顔がそんなに珍しいかね?」
その人物は、底抜けに人の良さそうな笑みを浮かべて茶目っけたっぷりに言った。




