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遠ざかる無人戦闘ヘリのローター音が、壁越しに微かに響いていた。
夜空の向うへと遠ざかって行く無人戦闘ヘリの灯を視界の隅で見送りつつ、誉さやかは、ガラス張りの壁面に写る自身の姿を改めて眺めてみた。そこにいるのはどこまでも続く真っ黒な夜空に写る制服姿の自分。ふと気が付いて後ろで束ねた髪に付けていたすみれ色のリボンの位置を直す。
(うん。どこも変じゃない、大丈夫)
まさか、こんな時間に呼び出されるとは思ってもみなかったので量子メールで緊急連絡が送られて来た時は、正直面喰ってしまった。生徒隊長の職を引き継いだ先輩からは、「本当に遠慮容赦なく呼び出されるよ」とは聞いてはいたけれど、まさか、こんな時間にこの場所へ……。
ほんの二十分前までパジャマを着ていたというのに。
(特別任務……か……)
そんな事を心の中で呟きつつ、さやかは部屋の中央にある応接用のソファに腰を下ろした。
学校の隣にある本社ビルのオフィス区画に入るのは、すでに五度目だが、そのオフィス区画のさらに上の階層、最上階である三十一階の役員達のオフィス区画に入ったのは、今回が初めてだった。これまでも少なからず仕事を請け負って来たが、どれも事務局管理中隊経由で量子メールでの依頼だったから、生徒隊長になって初めてオフィス区画へ呼び出された時は正直その扱いの差に驚いたものである。だが……今回はさらに上の役員達のオフィス。
社員達ですらそうそう入る事の出来ないと言うこの区画は、やはり一般のオフィスとは一線を画したものになっている。
一般のオフィスのような能率一辺倒とのつくりとはまるで無縁のゆったりと並べられた総革張りのソファに、やはり一般のオフィスではまずお目に懸れないクリスタルで作られた美しい間接照明。部屋の一角に設けられたドリンクスペースに並ぶのは、濃縮還元や合成濃縮ではない百パーセントストレート果汁の各種フルーツジュースや本物のコーヒー豆からドリップされたコーヒー。
そして、その傍には、応対に粗相の無いようにと来客へのサービス専属の接客ユニットを背負った機械化召使が控えており、間断無くさやかの様子を窺っては各種サービスを提供してくれる。
暑くもなく、寒くもなく、柔らかな光に満ちた待合室は、とても居心地がいい。
ここが、民間軍事会社のオフィスだと言われても信じられない人が多いというのも無理はない。
民間軍事会社に対する世間一般の人々のイメージは、二百年ほど前にこの業界が誕生した頃からほとんど変化が無いと言われている。
さやか自身が過去に抱いていたイメージも戦地を駆け廻り事態を混迷化させる謎の武装集団、傭兵と呼ばれ、なんとは無しに人々から敬遠され忌避される存在というニュース映像の中のそれでしかなかった。
だから、この学校を知り、民間軍事会社について調べて行く内にそれが民間軍事会社の持つ一側面に過ぎず、実際には様々な部門や職種からなる総合企業の一種であり、特にこの中央軍事学院の経営母体である民間軍事会社パシフィック・サーバントが、公共機関などでのシステム構築やその運営、警察機構等への訓練補助などを業務の柱にしているという少し変わった民間軍事会社であるという点に「そんな民間軍事会社もあるんだ……」と新鮮な思いを抱くと同時にずいぶん安心したものである。
と言うのも、さやかが、この学校へ進学したいという気持ちを伝えた時、今は亡き両親の代わりに彼女を育ててくれた伯父夫婦が泣いて反対したからだ。
「私立でも公立でも学費なら大丈夫、なんの心配もいらないのよ。だから、お願い。考え直してちょうだい」「さやかは、本当に傭兵になりたいのかい?」「もし、戦場に駆り出されて何かあったら――」「さやか、伯父さんの話も聞いておくれ。他にやりたい事は本当に、本当に無いのかい?」
(ごめんなさい、友子おばさま、恭一郎おじさま……。それに、迫田さん……)
そして、伯父と伯母以上に、さやかの進学を思いとどまらせようとしたのが執事の迫田だった。楽天家で天生のボヘミアンである伯父と伯母の反対は、なんだかんだ言っても二人の無知の部分から来るものなのでそこまででも無いが、身長百九十センチ。無口で無愛想、謹厳と実直が服を着て歩いているような迫田の理路整然とした (おそらく自身で相当調べたのだろう)鉄壁とでも言うべき反対には、さやかも大いに閉口した。
だが――そうした末に迎えた入学からこの五月で二年弱の時間が過ぎた。
(私、実力で生徒隊長になったんだよ。苦しくて何度も挫けそうになったけど「誉」の名前に頼らずにここまで来たよ。それにこの学校は苦しい事ばかりじゃないんだよ。楽しい事も嬉しい事も沢山あるの。だから、心配しないで、迫田さん)
そう、そんな楽しい事の一つが実は今日あったのだ。




