[133] 終章
三枝医師は、そう言うと手にしていた花束をそっとその墓前に供えた。
園田あかり大尉の墓。
今日の目的地だった。
「三枝先生以外は、初めてかしらね……」
目の前の墓影を見つめたままエマは、その瞳にうっすらと涙を浮かべていた。
アレクセイとほのかが持って来た線香に火が灯される。
一同は、静かに手を合わせた。
「お姉ちゃん、ごめんね。ずっと……ここにいたんだよね」
「すまなかった、さやかちゃん。
私も、軍医として軍籍に身を置いていた関係上、ここの事を君や恭一郎さん達に明かすことが出来なかったんだ。誉の一族であるあかりを戦死させてしまった事に軍の上層部はひどく動揺してね。軍内部のあかりを知る者に対して一時期厳しい箝口令が敷かれていたんだよ。
本当に……本当に申し訳ない」
そう言って頭を下げた三枝医師に対してさやかは、俯いたまま首を振った。
すすり泣くさやかの肩をエマと櫻子が両側からそっと抱き、二人もまたその頬を涙で濡らしている。
夏彦は、改めて目の前の墓を見つめた。
『日本国防陸軍大尉 園田あかり』
墓碑の銘文は、本名である『誉あかり』ではなく夏彦達のよく知る『園田あかり』。
(軍に志願した時点で、もうすでに父方の姓である『園田』を名乗っていたのか……)
夏彦は、そっとその墓前に額づいた。
(大尉……あなたは、そうまでして……)
それに――
(さやか先輩と櫻子に聞きました。大尉は、本当に先生だったんですね。櫻子の担任の先生で開戦後、櫻子たち教え子の後を追うように軍に志願した)
そして――
(俺やエマ、そして櫻子を、みんなを守ってくれました)
その命を懸けて。
その命に換えて。
「大尉…………」
「夏彦?」
「夏彦くん?」
皆が夏彦の顔を覗き込んだ。
「……?」
と、訝し気にそんな皆の顔を見返した夏彦の頬をエマの手がそっと包み込んだ。
エマの頬を新たな涙が伝っていく。
「エマ?」
「……夏彦、気づいてる?」
「……?」
「今のあなた――」
――涙を流してる。
「え?」
夏彦は、頬に添えられたエマの手に自分の手を重ね合わせ指で目じりを拭う。
そこには、確かに数年ぶりに見るものがあった。
「エマ……俺は……」
「そうよ、夏彦――」
今のあなたは、泣いているの。
涙を流していたの。
「夏彦くんっ!」
夏音が脇から夏彦の体に縋りついた。
夏彦を見つめて涙を流すエマと夏音。
さやか、櫻子、ほのか、アレクセイ、三枝医師が夏彦を見つめて頷いた。
「夏彦……」
「夏彦兄……」
「夏彦先輩……」
「夏彦よ……」
「夏彦くん……」
俺は――
「泣いていたのか……?」
「ああ。君は、泣いていたよ……」
三枝医師は、自身も眼鏡をはずして目元をハンカチで拭いながら、声を詰まらせた。
「……長かったね。でも、もういいんだよ、夏彦くん。我慢しなくていい。君は、もう十分すぎるぐらいに戦ったよ。もう、解放されていいんだ、自分の感情の赴くままに涙を流していいんだよ、夏彦くん」
「夏彦……」
「エマ……夏音……」
「夏彦くん……」
エマと夏音をその両手に抱き夏彦は、泣いた。
大尉の死後、忘れたかのように失ってしまったその感情を吐き出すように泣いた。
泣き崩れる夏彦とその仲間たちを横目に見つめつつ、三枝医師は、親友の墓前に語りかけた。
「あかり、君が命を懸けてしたことは、無駄じゃなかった。君が守った夏彦くんとエマさん、そして櫻子さんは、それぞれ自分の力で精いっぱい『戦後』を懸命に生きているよ。君が望んでいたであろう通りにね」
でもね――。
三枝医師は、その涙に濡れた顔で精いっぱい友の墓前に向けて微笑んで見せた。
「でもね、私はどうしても思ってしまうんだ……もう一度だけでいい――」
君に会いたい。
君の声が聞きたいよ。
「あかり……」
墓前にそれぞれの想いを胸に佇む一同の上を風が静かに凪いでいた。
青葉がきらきらと光る、五月。
夏彦とその仲間たちの戦争がようやく終わった。
この章で、この物語は終わりです。
最後まで読んで下さり本当にありがとうございました。




