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(ちくしょう……)
唇の端から垂れ落ちる血を手の甲で拭いつつ、夏彦は低く舌打ちした。
連続する攻撃によりさやかの『絶対防護』を極力無効化し、それにより生じた隙に乗じて決定的なダメージを与える。
そして、そのための攻撃に必要なのが大技とでもいうべき戦術生体兵器の能力による技。
夏彦の固有能力でもある――
「――音速斬撃」
前方から心地のいい声が聞こえた。
夏彦は、目の前数メートル先に立つ少女を見つめた。
さやかは、夏彦と目が合うと言葉を続けた。
「やっぱり、夏――ごめんなさい、篠塚くん。撃てなくなってたんだね、『音速斬撃』」
「ええ。エマから聞きましたか?」
「うん。な――篠塚くん……」
「夏彦でいいですよ」
「うん、じゃあ、遠慮なく。で、その……。夏彦……エマの具合は……どう?」
夏彦は、そう問いかけた目の前の少女の澄み切った瞳をしばしじっと見つめた。
ガッカリしたり、呆れたというのではない。
こんな時でも、この誉さやかという人は、
否――
夏彦は、エマの病室で三枝医師から聞いた話を反芻する。
(やっぱり、と言うべきだろう)
やっぱり――。
夏彦は、ほっ、と小さく息を吐き、今は亡き人の事を想った。
自身とエマ、そして戦略生体兵器『さくら』の命を救ってくれた人。
誰よりも尊敬していた人。
目の前の人物も同じ人の事を今も想っている筈だ。
(大尉……)
「心配ありません。ここに来る直前、エマは意識を取り戻しました。心身に障害の残るような傷もありません。さやか先輩によろしくって言ってましたよ」
それより――と夏彦は、正眼の構えを下段に変えつつさやかに尋ねる。
「どうして、黙っていたんですか?」
「…………」
そのことを告げた人は、三枝医師は、夏彦から今回の顛末を聞き終わった時に真っ先に言った。
その両眼から拭いきれないほどの涙を流しながら。
抑えきれない感情を懸命に抑えながら言った。
『夏彦くん。エマさん。君たちに真っ先に言わなければいけないね。君たちの敵である誉さやかさんは――』
夏彦の目にその時の三枝医師の顔が浮かんだ。
辛かったのは、自分たちだけではなかったのだ。
みんな辛かった。
みんな悲しかった。
そして――
目の前の少女だって辛かったに違いないのだ。
否、肉親である以上、自分たち以上の辛さがあったはず――。
それでも、目の前の誉さやかという少女は――。
夏彦は、感情を表す術を失った少年は、唇を噛み絞り出すように言った。
「どうして、俺たちに園田大尉の実の妹であることを隠していたんですか?」




