[12]
「軍人としての最高のステータスである第一級金鵄勲章を持ち、予備役とは言え軍内部で確固たる地位を持っている夏彦くんの保証が夏音さんの就学の為にどうしても必要だった。そういう事だね」
「そうです。あと、それに加えて学費や生活費の事もあります。俺の通うあの学校は、元々学費が無料の上、俺は特待生の扱いを受けているので、少しですが給料も出ます。それに、ちょっとした仕事なんかも紹介してもらっていますから、このプログラムの支給額も合わせれば、夏音の学費を払ってもなんとか二人食っていけます。そのためにも兄妹として一緒に暮らした方がなにかと便利だし経済的なんです。それにその方が他人から見ても自然ですから」
「保証人……生活の糧……仕事の斡旋……。『少年兵社会復帰支援プログラム』と謳った所で……自分の無力さと不甲斐なさを感じずにはいられないな」
三枝医師は、ふっと息を吐きひどく悲しげに微笑んだ。
そんな三枝医師に、平坦で抑揚のない夏彦の瞳が一瞬だけ、きらりと光りを帯びた。
夏彦は、いつになく饒舌な自分に内心驚きつつ言葉を続けた。
「戦時中に疎開先で初めて会ってから今日まで、俺は夏音に何度となく助けられて来ました。戦地では、夏音が毎日送ってくれた量子メールを見る事が俺の生き甲斐で、楽しみで……開戦直後、家族全員に死なれた俺が生きる意味を見出す最後の拠り所でした。夏音が居てくれたから、俺は生き残れたんです。夏音の存在がなかったら今の俺はいません。だから、戦争が終わった今、今度は俺が夏音の力になってやりたいんです。それに……俺にはこれしか出来ないですから」
「夏彦くん……」
夏音は胸の前で手を会わせ涙ぐんでいた。
だが、そこまで特別な事を言ったつもりは夏彦には無い。今、夏彦が口にした事は、彼が心に抱く彼女への想いのほんの一部分に過ぎず、しかも、この程度の内容で彼女から受けたその恩を返せるとは、これっぽっちも思っていないからだ。
そもそも夏音とエマに対する夏彦の想いは、とても一言で語り切れるものではない。
ただ、戦時中ずっと背中を守り続けてくれたエマに今更改めてそんな事を言うのは、照れ臭くて恥ずかしいし、夏音は夏音で、不用意にそんな事を打ち明けようものなら過激な誤解をしそうで憚られる、というだけの事である。次、夏音に布団に潜り込んで来られようものなら、さすがの夏彦も平静でいられる自信は全くない。夏音の思うツボであろう。
「ちなみに夏音さんは、本当は君の何に当たるんだい? 疎開先で一緒だったというんだから一応、親族ではあるんだろう?」
「いえ、血縁は本当にありません。夏音は、叔父の再婚相手の連れ子なんです。だから、形の上では、いとこという事になります。ただ、夏音があの学校に入学するのに併せて上京した際に、俺は叔父の養子になったので戸籍上は兄妹という事になっていますけど」
「なるほどね……」
三枝医師は、何度も頷きつつ、ため息を吐いた。
と、そこで三枝医師の腕時計から小さな電子音が響き出した。
「おっと、もう、こんな時間か……。夏彦くん、夏音さん」
三枝医師は、窓枠を離れて二人に近づき、手を差し出した。
「今日は、話しづらい事を話させてしまって悪かった」
「いいえ」
差し出された手を、夏音、次に夏彦が握る。三枝医師の手は、そのほっそりとした白く儚げな印象とは違って、とても暖かで、なんだかとても懐かしいような気がした。
まるで――
「あかりも君とこうして握手をしたのだろうね」
「――!!」
思わず目を見張った夏彦に三枝医師は、力なく微笑んだ。
「あかりは……君の上官だった園田あかり大尉は……世界にたった一人しかいない、私の唯一の友人…………親友だった」




