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「じゃあ、櫻子ちゃんの移動は……」
「いや、まだ売却が決まっていた訳ではないらしい。その前の段階、一種のデモンストレーションというやつだろうね。我々には、大陸国北東部ウラジオ自治政府管理区域の実験場で性能試験を行うと説明していたから。そこに、大陸国側の連中も呼ぶつもりだったんだろう。
で、問題のその性能試験の内容なんだけれども……。
櫻子さん、去年の夏ごろから数回に渡って櫻子さんに対してメンテナンス手術と称して手術が行われたのだが、覚えているかね?
実は、あの手術は、このデモンストレーションのためのものであると同時に櫻子さんが、兵器として抱えていた問題を解決するものでもあったんだ」
「まさか……」
さやかが、呻くように呟き、その隣で櫻子が凍り付いたように漆原海軍卿の顔を見つめていた。海軍卿は、額を指で揉みながら苦しそうに顔を歪めた。
「そう、そのまさかだ。櫻子さん――」
海軍卿の言わんとしている事に、察しの付いているらしい櫻子がその瞳を大きく見開き、唇を微かに震わせた。
もっと、早くにそれが実現していれば――とそんな思いがさやかの胸に去来した。
漆原海軍卿も同じ気持ちなのだろうか。
それまで深く腰掛けていた椅子から櫻子を抱き締めんばかりに身を乗り出して言った。
「今の君には――安全装置が付けられている。もう、任意に攻撃の強弱や範囲を調整できるし君が自身の攻撃で命を落とすことはない」
「………………」
(櫻子ちゃん……)
「櫻子ちゃん……」
さやかは、声に出して呼びかけた。
櫻子は、身じろぎ一つせず、目の前の会議デスクの一点を見つめていた。
そして――
さやかと漆原海軍卿の見つめる中、その頬を大粒の涙が流れ落ちた。
一筋、また一筋。
涙は、止まることなくあふれ続けている。
「櫻……」
「どうして……」
どうして――
櫻子の唇から一言だけ漏れた言葉だった。
櫻子の気持ちの、感情の全てが込められた言葉だった。
そして、それはそれ以上言葉にすることの出来ない想いだったに違いない。
(櫻子ちゃん――)
さやかは、イスから立ち上がると、ただ黙って櫻子を抱き締めた。
強く、強く抱き締め、ただただ彼女の気持ちに寄り添おうと思った。
さやかの胸に縋りつき泣きじゃくる櫻子。
その声が、慟哭の色を帯び始めたころ、さやかはそんな自分たち二人を俯き加減にじっと見つめていた海軍卿に言った。
「閣下……」
「…………何かね?」
――ひとつだけお願いがあります。




