[117]
「と、言うのは――」
どうしてですか? と言おうとしたさやかをやんわりと遮って漆原海軍卿は、機械化召使の淹れた熱い番茶を一口すすった。
そして、ふむ、と小さくため息を吐いて「すまないね」と一言謝ってから、漆原は悲しそうに微笑んだ。
「この話をするのは、ひどく気が滅入るんでね。
いや、なに、一言で言ってしまえば、私を含めた海軍軍人が随分お粗末になったというだけの話なんだよ。
海軍にもね、昔から細々とだが戦略生体兵器の保有を主張している連中が居たんだが、歴代の首脳陣はこれを相手にしてこなかった。日本の国力から見て、海軍までもが戦略生体兵器を保有するのは、同盟国や近隣の友邦国家間との戦力バランス上の、さらに加えて外交戦略や国家財政上の無理があるだろうという判断があったからね。
それになにより、海軍同様保有していない空軍さんとの兼ね合いもあった。
だがね、今回の戦争で、藤村さんや他の戦略生体兵器の子たちが見せた戦果に海軍内の保有論者達が俄然勢いを得てしまったんだよ。
『今大戦初期の日本の敗北は正にその過度な配慮と身の丈を過剰に意識したケチな発想の招いた悲劇以外の何物でもありません。海軍が戦略生体兵器を所有していたならば、敵の上陸軍を海上で撃破し得たでしょうし、それにより幾多の都市が占領されるという惨劇を防げたに相違なく、歴代の海軍首脳陣の責任は極めて大きいと言わざるを得ません。
それに、戦略生体兵器一人いるだけで、これだけの打撃を敵に対して与えることができるのです――これほどコストパフォーマンスの良い兵器があるでしょうか。戦略生体兵器を保有することは、今後の日本の海上戦略において避けて通ることはできません』とね」
漆原海軍卿は、そこで一端言葉を切り、再び目の前の番茶をにがそうにすすった。
確かに一理ある主張だ、とさやかは思った。
だが、さやかと櫻子が、黙ったまま見つめる中、国防海軍最高責任者兼連合艦隊司令長官である目の前の人物は、力なく首を振った。
「彼らの主張の厄介なところはね、おおむね『正しい』ということなのだよ。
まったく間違っていれば問題にはならないのだがね、困ったことに中途半端に正しいんだ。
彼らの主張は、おおむね『正しく』、その分だけおおむね『間違っている』んだよ。
誉さんも気が付いていると思うが、彼らの主張で問題なのは、戦術と戦略がごっちゃなってしまっているという点なんだ。
戦略的な運用と配備を求められる兵器に、戦術的な運用と成果を求め、その次の段階として――まあ、こうなってしまえば、それもオマケみたいなもんだがね――戦略的な成果を求めているんだ。それがどういう結果を招くか……という事をロクに考えもせずにね。
そもそも、戦略というのであれば、なおさら得られる目先の戦果ではなく戦略目標の達成という長期的な側面を第一に据えて考えねばならない問題なのだよ、本来は。その見地に立って考えたからこそ人類は長い間核戦力を封印し、実戦使用を避けて来たし、歴代の海軍首脳陣も保有を避けて来たんだ。
こう言った事は、戦略生体兵器を保有したいなら、絶対に知っておらねばならん常識だよ。
連中は海軍大学まで進んだ選ばれた人材のはずなんだが……まったく、参謀職飾を胸に付けた連中の言葉がこれでは先が思いやられる」
「でも……じゃあ、なぜ閣下は、『さくら』を?」
固唾を呑んで見守る櫻子も同じ感慨を抱いたに違いないその質問をぶつけるさやかに漆原は、力なく首を振った。
「パシフィック・サーバントだよ」




