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漆原海軍卿の言葉に二人は、凍り付いたように顔を見合わせた。
漆原海軍卿は、お姉ちゃんを――。
漆原海軍卿は、誉先生を――。
園田大尉を――。
((知ってる!))
顔を幾分紅潮させながら、突然身を乗り出したさやかと櫻子に漆原海軍卿は、苦笑しつつ続きを話してくれた。
「彼女に初めて会ったのは、最初の作戦会議の時だったな。その後も彼女が戦死するまでの間会議でちょくちょく顔を合わせていた。
まあ、上の連中にもかなりの戦死者が出ていたからいつも会議というよりは相談会とでもいうべき顔ぶれと規模だったがね。それでも、居並んでいたのは、在阪する軍の首脳部の中の最高ランクに位置する連中だった。
その筆頭だった軍集団司令――階級は、陸軍中将だったな――相手にタンカを切っていた彼女の事を私は今でも鮮明に覚えているよ。『恐れながら申し上げますっ!』なんて彼女は言っていたが、躊躇やためらいなんて物はまるで無かった」
漆原は、懐かしそうに小さく何度か頷き、さやかのその姉譲りの瞳を見つめて言った。
そこにあったのは――
「戦術生体兵器の子供たちを守りたい、その一心だったんだろうね。その事が、私には痛いほど伝わってきた。だからこそ、藤村さんを、戦略生体兵器『さくら』を使用するあの作戦を彼女は、引き受けたんだろう。これ以上、犠牲を出さないために――」
戦争を終わらせるために。
そして――。
そして、その作戦により数人の部下のみを残して園田大尉以下部隊のほぼ全員が戦死した。
だがね、と漆原は、さやかと櫻子の瞳を順に見つめてその両眼に力を込めた。
「彼女とその部下たちの犠牲は無駄にはならなかった」
――その作戦の結果こそが、八か月後の終戦を引き寄せたのだよ。
そう言って、漆原海軍卿は、遠くを見据えて考え込むように一時黙り込んだ。
しばらくの後、海軍卿は目の前の二人の顔を改めて順に見つめてから、特に櫻子の顔を見つめてから再び口を開いた。
「藤村さんが、どの程度この話を聞かれされているが分からないが……」
敵の受けた損害が、あまりにも大きかったことが、あの戦争を終結に導いた最大の要因だった――
「というのが政府と国防軍の公式見解であり、私も事実そう思っている」
そして、その損害の大きさが、いかに苛烈であったか――。
漆原は、その事を言う前に念を押すように櫻子の表情をもう一度確認した。
これから、海軍卿が話そうとしているのは、櫻子の攻撃により死傷した敵国側の人々の話だ。
当然、櫻子だけでなくさやかでさえも日本国民である以上被害者でばかりはいられない。
自分たちもまた一方の加害者なのだ。
例え、どんなにやむを得なかったとしても、その攻撃により少なくない犠牲が生じたのだ。
だが、そんな目の前の海軍卿に対して櫻子は、こっくりと大きく頷き、さやかが、デスクの下で握りしめた手をやんわりと握り返して来た。
(櫻子ちゃん……)
(大丈夫。戦略生体兵器になるって決めた時から覚悟はできてたから)
漆原は、真剣な表情のまま小さく息を吐き、「うむ――」と頷いて話を続けた。
戦略生体兵器『さくら』の攻撃による敵の犠牲者は、大陸国軍及び日本国内の占領地に強制的に植民されて来た大陸国本国の民間人合わせておよそ――
「七百五十万人……。もっとも、これでもまだ実際より少ないのではないかと言われているがね。
でなければ、あの大陸国がそうそう戦争の継続を諦める筈もないだろうからね。ともあれ、敵に与えた損害は、想定以上だった。
藤村くん。誰が、なんと言おうと君と園田大尉、そして篠塚くんをはじめとする君の仲間たちの犠牲が、この勝利を掴み取る原動力となったんだよ。
君たちなくして日本と連合国の勝利は無かった。
戦略生体兵器無くしてこの勝利は、なし得なかった――」
そう言って漆原海軍卿は、最後に一言だけ悲しげに付け加えた。
「だがね――それが今回の事件の発端なのだよ」




